鈴木光男

日本の著名な経済学者である鈴木光男（1928年 1月1日 - 2022年 11月2日）は、ゲーム理論の分野において、国内における礎を築いた第一人者として広く認識されています。東北大学で経済学博士の学位を取得し、東京工業大学名誉教授の称号を持ちました。生涯を通じて、多くの優秀な研究者を育成するとともに、『ゲーム理論入門』をはじめとする影響力のある著書を数多く世に送り出しました。また、戦時中の学徒勤労動員の経験に関する著作でも知られ、2013年には瑞宝中綬章を受章しています。

生涯と学究の道

福島県石川郡石川町に生まれた鈴木光男氏は、幼少期に兄弟を亡くす経験をしました。小学校時代は戦時下の勤労奉仕を経験し、中学時代には僻地教育に携わることを夢見ていました。幼い頃から、兄たちが残した文学作品、特に若山牧水の短歌に親しみ、リルケの詩にも深く影響を受けました。同時に数学にも強い関心を持ち、渡邉良勝や杉田元宜といった数学者の著作から大きな影響を受けました。1944年には、中学5年生として学徒勤労動員で相模陸軍造兵廠に配属され、その後、山形県での地下病院建設にも従事しました。この戦時下の過酷な経験は、後の鈴木氏の人生観や研究活動にも少なからず影響を与えたと考えられています。

終戦後、山形高等学校（旧制）に進学。学生寮で数学同好会を立ち上げたり、寮生新聞に短歌を寄稿したりしましたが、文学の世界からは次第に距離を置くようになります。経済的な理由から、1948年に名古屋大学理学部数学科に進学しますが、抽象的な講義内容に疑問を感じます。友人の勧めから、数理経済学の大家がいる東北大学の存在を知り、名古屋大学を中退して1949年に東北大学経済学部へ入学しました。この頃、母を亡くしています。

東北大学では、安井琢磨、米沢治文、熊谷尚夫といった教授陣から学びました。特に、安井琢磨氏のゼミに参加する中で、1950年に山田雄三氏によって本格的に紹介されたゲーム理論に強い関心を持つようになります。安井氏の勧めもあり、研究者として大学に残ることを決意。大学院特別研究生として、ジョン・ナッシュの非協力ゲーム理論や不動点定理などを精力的に学びました。

ゲーム理論のパイオニアとして

1955年、東北大学で非常勤講師として教鞭を執り始め、1956年には正式に講師となります。この時期、恩師である安井琢磨氏から依頼を受け、日本で最初の体系的なゲーム理論の入門書となる『ゲームの理論』の執筆に取り組みました。1959年に刊行された同書は、その先駆的な内容が高く評価され、日経・経済図書文化賞を受賞しました。父を亡くしたのもこの年でした。

1961年からはロックフェラー財団の奨学金を得て、プリンストン大学に留学。オスカー・モルゲンシュテルン教授のもとで研究を進める傍ら、マーチン・シュービック、ロバート・オーマン、ジョン・ナッシュ、ロイド・シャープレーなど、世界の最前線で活躍する多くのゲーム理論家と交流を深めました。特にシャープレー氏とは、帰国後も研究論文のやり取りをする関係を築きました。プリンストンでは、スペクトラム分析の研究にも取り組み、日本経済の時系列データ解析で成果を上げています。帰国後、恩師の安井氏が大阪大学へ異動したことから、新たな職を探すことになります。

1965年、東京工業大学に助教授として着任。当初は一般教養の統計学を担当しましたが、大学の学部再編に伴い、新設された社会工学科でゲーム理論の講義を担当する機会を得ました。鈴木氏はゲーム理論を単なる抽象的な理論に留めず、社会的な計画や公共的な問題への応用を積極的に探求しました。国際政治の研究会に参加し、ゲーム理論を用いて国際関係の分析を行うなど、その応用範囲を広げました。1976年には同学理学部情報科学科の教授となり、ゲーム理論の研究・教育に一層専念しました。東京工業大学は、鈴木氏の貢献により、ゲーム理論研究の国際的な拠点の一つとなりました。1988年、60歳で東京工業大学を定年退職し、名誉教授の称号を得ています。

同年、東京理科大学に教授として迎えられ、工学部経営工学科および経営学部でゲーム理論などを講義しました。この時期に『新ゲーム理論』を刊行し、後進への教育にも力を注ぎました。2000年に東京理科大学を退職した後も、講演や執筆活動を続け、ゲーム理論の普及に尽力しました。学徒勤労動員の経験をまとめた著書も発表し、自身の波乱に富んだ人生を振り返る自伝も執筆しています。

研究・教育思想と人物像

鈴木氏は、日本のゲーム理論研究と教育において、比類なき貢献を果たしました。ゲーム理論がまだ国内で十分に認識されていなかった「冬の時代」から研究を続け、多くの批判に耐えながらその重要性を説きました。特に、自身の著書『ゲーム理論入門』は、版を重ねて広く読まれ、この分野の普及に大きく貢献しました。「日本のゲーム理論の父」とも称されるように、中村健二郎氏や岡田章氏をはじめとする、現代日本の経済学を牽引する多くの研究者を育て上げました。東京工業大学でゲーム理論を社会工学と結びつけ、「社会システム」「計画」といったテーマに応用したことは、鈴木氏の独自性を示す功績です。水資源計画における費用負担問題へのゲーム理論（仁）の適用などは、理論の実社会への応用例として注目されました。

学究一筋に見える鈴木氏ですが、文学や芸術への造詣も深く、リルケや若山牧水、歌舞伎（特に二代目中村吉右衛門）を愛しました。囲碁も嗜み、プリンストン留学中にはジョン・ナッシュと対局したエピソードも残っています。また、自身の学徒動員体験を冷静な目で記録しており、その経験がゲーム理論の世界的な研究を成し遂げた原動力の一つであるという見方もあります。教育者としては、「知識（knowledge）よりも叡智（wisdom）を」と説き、学生に物事の本質を見抜く力を養うことの重要性を伝えました。大学教員のあり方についても独自の哲学を持ち、「大学教育の黄金律」として、長期的な視点での研究・教育テーマの選択を提唱しました。自らを「昭和第一期生」と位置づけつつも、ゲーム理論のような合理的な判断ができない人間だとユーモアを交えて語るなど、謙虚で魅力的な人柄が偲ばれます。

鈴木光男氏は、ゲーム理論という学問を日本に根付かせ、その応用範囲を広げ、次世代の研究者を育成することで、日本の学術界に多大な遺産を残しました。その生涯は、知的好奇心と社会への貢献意欲に満ちたものでした。

もう一度検索