霧の8マイル

「霧の8マイル」：時代の先端を飛んだサイケデリック・ロックの傑作

ザ・バーズが1966年に発表したシングル曲「霧の8マイル」（原題: Eight Miles High）は、ロック史上において極めて重要な位置を占める楽曲です。バンドの主要メンバーであるジーン・クラーク、ロジャー・マッギン（ジム・マッギン）、デヴィッド・クロスビーによって生み出されたこの曲は、当時の音楽シーンに革新をもたらし、サイケデリック・ロックやラーガ・ロックといった新たな潮流の形成に大きな影響を与えました。多くの音楽評論家は、本作を初の本格的なサイケデリック・ロックソングの一つ、そして1960年代のカウンターカルチャーを象徴する古典として位置づけています。

本作は、1966年3月14日にシングルとして初めて世に送り出されました。そのサウンドには、インド音楽の巨匠ラヴィ・シャンカルが奏でるシタール音楽と、ジャズ界の革新者ジョン・コルトレーンによるフリーフォーム・ジャズからの影響が顕著に現れています。この異文化・異ジャンルの要素を融合させた実験的なアプローチが、後の音楽スタイルに道を拓くことになりました。

しかし、この革新的な楽曲はリリース直後、思わぬ逆風に直面します。歌詞の中に薬物使用を想起させる意味合いが含まれているのではないかという疑惑が浮上し、放送業界向けのニュースレターに掲載されたことがきっかけで、米国各地のラジオ局で放送禁止措置が取られたのです。バンド側はこの疑惑を断固として否定しましたが、後年になってクラークとクロスビーは、楽曲の一部が自身の薬物体験に触発されたものであることを認めました。

この放送禁止措置は、「霧の8マイル」が米国のビルボード・ホット100チャートでトップ10入りを果たせなかった主な理由だと一般的には考えられています。ただし、この見解には異論も存在します。一部の評論家は、シングル発売から放送禁止勧告が出るまでに時間差があったことや、多くのラジオ局が勧告に従わなかった事実を指摘し、むしろ楽曲自体の持つ複雑さや、当時のラジオで好まれる商業的なフォーマットから逸脱していた性質こそが、チャート上位への到達を妨げたより大きな要因だったのではないかと示唆しています。最終的に、本作はビルボード・ホット100で最高位14位、全英シングルチャートでは24位を記録しました。また、シングル発売から約4ヶ月後の1966年7月18日には、バーズのサードアルバム『霧の5次元』にも収録されています。この曲は、バーズにとって米国で3番目にして最後のトップ20ヒットとなり、当時バンドの主要なソングライターだったジーン・クラークが脱退する直前にリリースされた最後の作品でもあります。

楽曲の歌詞は、主に1965年8月に行われたバンドのロンドンへの飛行機旅行と、それに続くイギリス・ツアーでの体験に基づいています。実際の民間航空機の飛行高度は一般的に6マイルから7マイル程度ですが、「8マイルの高さ（Eight Miles High）」という表現は、より詩的な響きを求め、ザ・ビートルズのヒット曲「エイト・デイズ・ア・ウィーク」のタイトルをも意識していたと言われます。作詞の中心はジーン・クラークでしたが、デヴィッド・クロスビーも一部貢献し、「雨のように灰色の町、その音で知られる（Rain grey town, known for its sound）」というロンドンを指すフレーズを提供しました。イギリス滞在中の情景として、現地の音楽マスコミからの敵対的な態度や同名バンドからの訴訟を示唆する歌詞、ホテル外で待つファンや、運転手付きの車から降りたバンドに詰め寄る群衆を描写した箇所などが含まれています。

この曲のアイデアはイギリスへのフライト中に生まれましたが、具体化されたのは1965年11月のアメリカ・ツアー中です。ツアー中にデヴィッド・クロスビーが繰り返し再生していたラヴィ・シャンカルとジョン・コルトレーンの音楽カセットが、本作のサウンドに深く影響を与えました。ジーン・クラークは1965年11月24日に作詞を開始し、数日かけて完成させました。ロジャー・マッギンは完成した曲にコルトレーンの影響を取り入れたアレンジを提案しました。しかし、クラークの死後、マッギンは自分が最初にアイデアを出したと主張し、作詞への貢献度についても異なる見解を示しています。

「霧の8マイル」のマスター・レコーディングは、1966年1月24日と25日に、ハリウッドのコロンビア・スタジオでプロデューサーのアレン・スタントンのもと行われました。コルトレーンの「インディア」に影響を受けたとされるマッギンの12弦ギターソロ、クリス・ヒルマンの推進力のある催眠的なベースライン、デヴィッド・クロスビーの堅実なリズムギター、そしてバンドの浮遊感のあるハーモニーが特徴です。ラヴィ・シャンカルの影響は、ドローン的な音質やメロディー、ギタープレイに現れていますが、プロモーションでのシタール使用とは異なり、実際のレコーディングではシタールは使われていません。

実は、1965年12月にはロサンゼルスのRCAスタジオで初期バージョンが録音されていましたが、コロンビア・レコードは自社スタジオ外での録音を理由に発売を拒否しました。このRCAバージョンは、マッギンやクロスビーによれば、より自由で自然なサウンドだったと評されており、後に1987年のアルバム『Never Before』などで初めて公開されました。

リリース後、「霧の8マイル」は批評家から高く評価され、ビルボード誌やキャッシュ・ボックス誌、レコード・ワールド誌、ミュージック・エコー誌などがその独創性や音楽性を称賛しました。特にミュージック・エコー誌は、バーズが創造性においてビートルズを先んじたと示唆するコメントも掲載しています。近年においても、オールミュージックのウェブサイトで「60年代最大のシングルの一つ」と称されるなど、高い評価を保っています。

この楽曲の革新性は、サイケデリック・ロックという新しいジャンルの誕生と発展に大きく貢献しました。ドメニック・プリオーレのような音楽史家は、本作を最初の本格的なサイケデリック・ロック楽曲と見なしています。また、ラーガ・ロックという言葉も、ジャーナリストのサリー・ケンプトンがこの曲のレビューで初めて活字で使用したことから広まりましたが、その言葉自体はバーズのプロモーション資料に由来すると言われています。バーズ自身はラーガ・ロックという呼称に必ずしも肯定的ではありませんでしたが、その実験的なサウンドはヤードバーズ、ビートルズ、ローリング・ストーンズらと共に、当時のサイケデリック・ムーブメントを牽引しました。

「霧の8マイル」は、その歴史的・芸術的重要性から、1999年にグラミーの殿堂入りを果たし、2004年にはローリングストーン誌の「史上最も偉大な500曲」で151位、2005年にはQ誌の「最も偉大なギター曲100選」で50位にランクインするなど、後世にも広く認められています。

本作がシングルとしてリリースされた月、主要ソングライターのジーン・クラークが脱退しました。彼の脱退後、バーズは米国でのトップ20ヒットを出すことはありませんでした。「霧の8マイル」は、バーズのライブで定番曲となり、1970年のアルバムに16分版ライブが収録されるなど、その演奏はバンド活動を通じて続けられました。また、クラーク、マッギン、クロスビーといったメンバーは、それぞれのソロ活動や再結成プロジェクトでもこの曲を演奏し続け、クリス・ヒルマンもアコースティック版を録音しています。この曲は多くのコンピレーションアルバムにも収録されています。

「霧の8マイル」は、後世の多くのアーティストによってカバーされており、ハスカー・ドゥ、ゴールデン・イヤリング、ロキシー・ミュージック、クラウデッド・ハウスなどが演奏しています。また、ドン・マクリーン「アメリカン・パイ」やファースト・エディション「Just Dropped In」などの楽曲や、映画「Purple Haze」、テレビシリーズ「フロム・ジ・アース・トゥ・ザ・ムーン」といったメディアでも引用や使用がされています。日本の作家、中島らもも著書の中でこの曲に言及しています。

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