青岳尼

青岳尼（しょうがくに、生没年不詳、ただし天正4年（1576年）3月21日とする説が有力）は、戦国時代から安土山時代にかけて激動の生涯を送った女性です。具体的な名は伝わっていませんが、小弓公方として房総に勢力を持った足利義明の娘であり、後に安房国の戦国大名である里見義弘の正室となりました。その人生は、公家の血を引きながら武家と深く関わり、また仏門にも身を置くという、特異なものでした。

青岳尼は、小弓公方足利義明の娘、恐らくは長女として生まれました。足利頼純や旭山尼といった兄弟姉妹がいたことが知られています。幼くして仏門に入り、やがて尼僧となります。そして、鎌倉尼五山の中で最も格式高い筆頭の太平寺の住持を務めることになります。どのような事情で仏門に入ったのか、その経緯は明らかではありませんが、天文20年（1551年）頃には、すでに太平寺の住持であったことを示す記録が確認できます。

彼女の人生に大きな転機が訪れたのは、天文7年（1538年）のことです。父である足利義明が、第一次国府台合戦で戦死しました。父を失った青岳尼は、その直後、足利氏と縁の深かった安房国の戦国大名、里見義堯の手厚い保護を受けることになります。この出来事が、後の里見氏との深い関わりを生む契機となりました。

そして弘治2年（1556年）、里見義堯の子である義弘は、敵対する後北条氏の支配下にあった鎌倉を攻めました。その際、太平寺にいた青岳尼と運命的な出会いを果たします。公方の血を引く高貴な尼僧に深く心を奪われた義弘は、彼女に還俗して自らの妻となるよう熱心に求めました。青岳尼は義弘の強い求めに応じ、仏門を離れる決断をします。そして、江戸湾を渡って里見義弘の居城である上総国佐貫城へと移り、まもなく彼の正室として迎えられました。公方家と里見氏の婚姻は、当時の政治情勢において重要な意味を持つ出来事でした。

公方の娘であった青岳尼と房総の戦国大名である里見氏の婚姻は、当時の情勢に大きな波紋を投げかけました。特に、里見氏と敵対していた北条氏当主の北条氏康は、青岳尼の房総への渡海を「不思議なるお企て」と評して不快感をあらわにし、この婚姻を容認しませんでした。その影響は青岳尼が住持を務めていた太平寺にも及び、その後、太平寺は北条氏によって廃寺とされてしまいました。青岳尼が太平寺を離れる際に携行したとされる木造聖観世音菩薩像は、後に交渉によって鎌倉に戻され、彼女の妹である旭山尼が住持を務めていた東慶寺に納められました。この仏像は現在も、東慶寺の松ヶ岡宝蔵に大切に保管されています。

里見義弘の正室となった後の青岳尼の詳しい動向は、残念ながらほとんど分かっていません。彼女の法号は智光院殿洪嶽梵長大姉と伝えられています。そして、その最期についても複数の説が存在し、明確になっていません。古くからの伝承では、青岳尼は病弱であり、永禄年間（1558年～1570年）の比較的早い時期に病によって亡くなったとされています。しかし、千葉県南房総市にあり、青岳尼が建立に関わったと伝わる興禅寺にある供養塔には、彼女の命日が天正4年（1576年）3月21日と刻まれており、この年に亡くなったとする説も有力視されています。

ただし、天正4年頃の里見義弘は、青岳尼の父である小弓公方家とは敵対関係にあった古河公方足利晴氏の娘と婚姻を結んでおり、すでに嫡男である梅王丸も誕生していたと考えられています。この状況から、青岳尼の最期については様々な推測がなされています。伝承通りの永禄年間での病死説のほか、義弘から離縁されたとする説、あるいは足利晴氏の娘は最初は側室であり、青岳尼の死後に正室となったとする説などがありますが、いずれも確証を得るには至っていません。さらに近年では、青岳尼が天正年間に没したとの説を前提とし、後に里見氏の家督を継いだ里見義頼が、実は義弘と青岳尼の間に生まれた子であった可能性を指摘する新たな説も提唱されています。

このように、青岳尼は足利公方の娘として生まれながら、仏門に入り、そして敵対関係にもあった武将に見初められ還俗するという、非常に数奇な生涯を送りました。その波乱に満ちた人生の多くは謎に包まれていますが、彼女の存在は戦国時代の房総における公家・寺社・武家の複雑な関係性を示す貴重な一例と言えるでしょう。

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