須原屋茂兵衛

須原屋茂兵衛：江戸出版界の巨星

須原屋茂兵衛（すはらやもへえ）は、江戸時代に9代続いた版元であり、江戸の出版業界において最大手の地位を築き上げた名門です。その歴史は、万治年間から明治時代まで続き、江戸を代表する書物問屋として知られています。特に『武鑑』や『江戸切絵図』といった公的出版物を数多く手がけたことで、「江戸書林の魁」と称されました。

江戸出版界における須原屋茂兵衛の立ち位置

江戸時代初期、上方（現在の京都・大阪）の資本が強い影響力を持っていた中、須原屋茂兵衛は江戸地店としていち早く台頭しました。その勢いは、吉原の出版物を多く手掛けた蔦屋重三郎と対比され、「吉原は重三、茂兵衛は丸の内」と詠まれたほどです。須原屋一統の総本家として、暖簾分けにより須原屋伊八、須原屋市兵衛、須原屋佐助といった多くの分家を輩出し、一族全体として大きな繁栄を遂げました。

創業と初期の歩み

須原屋茂兵衛のルーツは、紀伊国有田郡栖原村（現在の和歌山県有田郡湯浅町栖原）にあります。屋号もこの地名に由来しており、苗字は北畠（旧姓は北圃）でした。初代茂兵衛は、万治元年（1658年）に江戸日本橋通一丁目に店を構えたとされていますが、現存する最古の刊本は貞享元年（1684年）のものです。初期は左内町横町（現在の江戸橋一丁目交差点付近）に店を構え、近江屋三左衛門など他の書物問屋とともに、この地域に集中していました。その後、日本橋通一丁目に進出し、その地位を確立しました。

出版統制と仲間内での対立

享保の改革による出版統制の時代には、須原屋茂兵衛は荻生徂徠の『六諭衍義』の売弘店に抜擢されるなど、公との繋がりを強めました。この時期には、上方資本と江戸地店の新興勢力との対立が顕著になり、江戸書物屋仲間中通組から南組が独立し、類版禁止を巡って抗争が起こりました。三代目茂兵衛は、この南組の代表的な人物であったと考えられています。

最盛期と衰退

四代目恪斎の時代には、石川豊信の墨摺絵本『絵本江戸紫』を刊行するなど、須原屋茂兵衛は隆盛を極めました。この頃には、京柳馬場四条下ルに仕込店を設けるなど、事業を拡大しています。しかし、四代目没後は家督相続がうまくいかず、出版不況も重なり、一時的に家業は衰退しました。しかし、七代目茂広が『武鑑』の出版権を独占したことで、再び勢いを取り戻しました。

幕末期には分家に倣い、薬種商も兼業するなど、時代の変化に対応しようと試みました。明治時代に入ると、『太政官日誌』などの公的出版物を手がけましたが、時代の変化に対応できず、博文館との教科書入札に敗れたことがきっかけで、衰退の一途を辿りました。

廃業とその後

明治37年（1904年）、須原屋茂兵衛は廃業し、書籍部は支配人である鈴木荘太郎に譲渡されました。鈴木は自身の呉服店を「須原屋書店」と改め、主に日蓮宗や建築関係の書籍を出版していましたが、戦時中にその消息を絶ちました。

歴代須原屋茂兵衛

初代：北畠宗元 - 紀伊国出身で、江戸に出て須原屋を創業。
二代目茂兵衛 - 事績不明、夭逝したと推測。
三代目：慈厳 - 旧勢力との抗争の中心人物と推測。
四代目：恪斎恭 - 学問を好み、文化人との交流も深かった。
五代目：顕清祐武 - 垣内氏出身。
六代目：顕光 - 若くして夭逝し、家業が一時的に傾いた。
七代目：茂広 - 『武鑑』出版権を独占し、須原屋を再興。
八代目：有親 - 書を嗜み、文化人との交流があった。
九代目：充親 - 明治以降、和歌山県平民となる。

須原屋茂兵衛の影響

須原屋茂兵衛は、江戸時代の出版文化を語る上で欠かせない存在です。武鑑や江戸切絵図など、当時の社会や文化を知る上で貴重な資料を出版し、その影響は計り知れません。また、須原屋から暖簾分けした多くの分家が、江戸の出版業界を支えたという点においても、その功績は大きいと言えるでしょう。

参考文献

日本浮世絵協会編 『原色浮世絵大百科事典』第3巻 大修館書店、1982年
吉田漱 『浮世絵の基礎知識』 雄山閣、1987年
井上隆明『改訂増補近世書林板元総覧』
今田洋三「江戸の出版資本」
今田洋三『江戸の本屋さん』
藤實久美子『武鑑出版と近世社会』
藤實久美子『江戸の武家名鑑 -武鑑と出版競争-』
彌吉光長「江戸時代出版資本の独占過程 -須原屋茂兵衛と出雲寺和泉の対抗」

関連項目

武鑑
須原屋伊八
須原屋市兵衛
須原屋新兵衛
須原屋佐助
* 須原屋 (埼玉県の書店チェーン)

もう一度検索