武鑑

武鑑とは

武鑑（ぶかん）は、江戸時代に発行された大名や幕府役人の氏名、石高、俸給、家紋などを記録した年鑑形式の紳士録です。江戸時代に武士が都市部に集まるようになり、彼らと取引をする町人たちにとって、武士の情報を把握する上で欠かせない実用書でした。また、都市を訪れる人々にとって、武士の情報を得るためのガイドブックとしての役割も果たしていました。

武鑑の概要

武鑑には、大名を記した「大名武鑑」や旗本を記した「旗本武鑑」などがあります。これらの武鑑には、武家の当主の氏名、官位、家紋、石高、役職、内室、城地、格式、幕府への献上品、行列の指物、用人などが詳細に記載されていました。また、携帯用の略式版も存在していました。武鑑は1年ごとに改訂され、役職の移動などの情報が更新されていました。

武鑑の編集・出版は民間の版元が行っており、江戸、京都、大坂で出版されました。書店だけでなく、行商の武鑑売りも販売していました。桜田門外の変では、井伊直弼を襲撃した浪士たちが、武鑑を手に大名駕籠見物の田舎侍を装ったという逸話が残っています。

武鑑の原型は寛永年間（1624年 - 1644年）に現れ、正保4年（1647年）には『正保武鑑』としてその形態が整いました。中期以降は、江戸最大の書物問屋であった須原屋茂兵衛がほぼ独占的に出版するようになりました。一方で、幕府御書物師の出雲寺和泉掾も江戸出雲寺刊本を出版し、対抗しました。武鑑の出版には、本屋仲間の許可が必要であり、許可を持たない版元は、武鑑の名を隠して出版したり、役職などを記載しないなどの工夫を凝らしていました。

須原屋版の武鑑は大名版が四巻構成でしたが、後に五巻構成となりました。内容は、一、二巻が大名衆、三巻が御役人衆、四巻が西御丸付、五巻が御三家方付でした。

武鑑のコレクション

武鑑のコレクションとして有名なものには、森鷗外の鴎外文庫（東京大学総合図書館蔵）、幸田成友の幸田文庫（慶應義塾大学図書館蔵）、野村胡堂が収集した野村本（東京大学史料編纂所蔵）があります。森鴎外は、武鑑を主要な参考資料として『伊澤蘭軒』や『渋江抽斎』を執筆しました。また、橋本博は江戸時代の武鑑をまとめた『大武鑑』を編纂しました。さらに、石井良助は柏書房から『編年江戸武鑑文化武鑑』と『編年江戸武鑑文政武鑑』を刊行しました。

武鑑の内容

橋本博の『大武鑑』によると、掲載内容は時代とともに拡大しています。『編年江戸武鑑文化武鑑』の例言によると、巻1（親藩・10万石以上の諸大名）と巻2（10万石未満の大名）には、以下のような情報が掲載されていました。

大名の姓：系統の同じ一族庶流を一括し、姓を【】で記載。松平姓賜姓の場合は（）で本姓を記載。
大名の本国（本貫地）
大名の系図
大名家当主の人名
大名の席次
家督相続年
位階
内室：正室。婚約者の場合でも内室として記載。
御嫡
参勤
時献上
家紋
槍印
押
駕
纏
船印、船幕印
屋敷地
菩提寺：藩主や家臣が江戸で亡くなった際の菩提寺。一部の藩では国元の菩提寺が掲載されている場合も。
家臣：最低でも家老、用人、江戸留守居が記載。藩によっては側用人や中老、番頭なども記載。
石高、居城、在所：表高を表記。掲載順は親藩とその他大名で大別し、各大名家嫡家の石高順。
封地
里程：江戸から居城までの里程。
歴代城主
舎弟：掲載されることは少ないが、いる場合は掲載。

掲載内容のずれについて

武鑑は年に一度しか改訂されないため、掲載内容にはずれが生じることがありました。例えば、『編年改訂文化武鑑』に掲載される文化10年（1813年）刊行の須原屋茂兵衛蔵版の武鑑では、二本松藩主として丹羽長祥（加賀守）が登場しますが、実際にはこの時すでに死去していました。また、文化9年（1812年）の武鑑では久留米藩主として有馬頼徳が掲載されていますが、実際にはこの時相続したばかりでした。

さらに、武鑑では家臣の情報が毎年改訂されない場合もあり、他史料と比較すると違いが明らかになることがあります。また、家臣の役職名が武鑑と実際の藩職で異なる場合もあり、これは各藩によって呼称が異なる役職名を標準化したり、陪臣と幕職との身分差に配慮した結果であると考えられています。例えば、米沢藩の小姓頭や大目付、仲之間年寄は武鑑では全て用人として掲載されています。

このように、武鑑は当時の武士社会を知る上で重要な資料ですが、掲載内容にはずれや誤りがある場合もあるため、注意が必要です。

参考文献

橋本博編『大武鑑』中巻（改定増補版）、名著刊行会、1965年。
石井良助監修『編年江戸武鑑』文化武鑑5、柏書房、1982年4月24日。
藤實久美子『江戸の武家名鑑－武鑑と出版競争』吉川弘文館、2008年。

外部リンク

武鑑全集 - 情報・システム研究機構データサイエンス共同利用基盤施設人文学オープンデータ共同利用センター制作
平成14年度企画展示 - 一橋大学付属図書館
明暦四年武鑑 - 國學院大學デジタルライブラリー
大武鑑巻之1 - 国立国会図書館デジタルコレクション

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