飯縄権現

飯縄権現：信州の霊峰から関東へ広がった信仰

飯縄権現（いづなごんげん）は、長野県飯綱山を信仰の中心とする山岳信仰に由来する神仏習合の神です。白狐に乗った烏天狗の姿で表されることが多く、剣と索を携えているのが特徴的です。五体の形態や、白狐に蛇が巻き付いている表現も見られます。

武将の信仰と「邪法」の影

戦勝の神として、足利義満や細川氏、上杉謙信、武田信玄など、多くの戦国武将に信仰されました。特に、上杉謙信の兜の前立が飯縄権現像であったことは有名です。一方、飯縄権現に伝わる「飯縄法」は、「愛宕勝軍神祇秘法」や「ダキニ天法」などと共に、中世から近世にかけては「邪法」とみなされることもありました。天狗や狐といった存在を使役する外法と見なされ、民間信仰へと浸透していったのです。当時の文献には、飯縄法を「人の目を眩惑する邪法悪魔」と記述するものも存在します。

しかし、そうした見方とは別に、飯縄権現信仰は現在も多くの人々に受け継がれています。長野県の飯縄神社を始め、東京都の高尾山薬王院、千葉県にある鹿野山神野寺や飯縄寺、日光山輪王寺など、関東以北を中心に多くの場所で熱心に信仰されています。高尾山薬王院は江戸時代には徳川家による庇護を受けていました。飯綱権現、飯縄明神といった別称も用いられます。


起源と伝承：様々な説と歴史的変遷

飯縄権現信仰の起源は、いくつかの縁起や祭文によって異なった記述が見られます。信濃国の飯縄山が戸隠山の山麓の一部であるように、飯縄の修験道は戸隠修験の傘下にあったとされています。しかし、飯縄信仰は戸隠信仰よりも古いとする説もあります。その根拠として挙げられるのは、飯縄山で修行していた「学問」という行者が、嘉祥2年（849年、もしくは嘉祥3年）に戸隠山の開山を行ったという伝承です。

鎌倉時代や室町時代の文献には、この記述が見られます。天福元年（1233年）には、飯縄大明神が戸隠の住職の前に現れ、「日本第三の天狗」と名乗ったという記録も残っています。この記述は、『戸隠山顕光寺流記并序』に見られ、飯縄明神が戸隠権現の加護を受けて戸隠山の鎮守となったと記されています。

江戸時代の『飯縄山略縁起』には、嘉祥元年（848年）に学問行者が飯縄山に入り飯縄明神の霊験を拝したとあり、天福元年（1233年）には荻野城主・伊藤豊前守忠縄が神託を得て山頂に祀ったと記されています。また、『飯縄講式』では、妙善月光と金毘羅夜叉との間にできた18人の王子の中で、出家せず俗に留まった十王子の第三が飯縄智羅天狗であり、それが飯縄山の飯縄明神であるという説も存在します。

飯縄山を中心とする修験道は「飯縄修験」と呼ばれ、その長を務める行者は「千日太夫」と呼ばれていました。近世には、武田信玄によって移された仁科氏が千日太夫を務め、飯縄神領を支配していました。飯縄山における飯縄信仰は、この千日太夫を中心に形成されていったと考えられます。

現存最古の飯縄神像は永福寺にあり、応永13年（1406年）の銘があります。室町期の飯縄権現図も確認されています。これらのことから、中世初期には既に体系的な飯縄信仰が成立していたと考えられます。


複雑な信仰形態：多様な側面

飯縄信仰は、憑霊信仰、天狗信仰、武将や修験者、忍者による信仰、狐信仰など、多様な側面を持っています。室町時代頃には、魔法や外法といった捉え方さえされていたようです。


真言

飯縄権現の真言としては、以下のものが知られています。

オン チラチラヤ ソワカ（「チラチラヤ」は飯縄智羅天狗の「智羅」から）
オン キリカク ソワカ（高尾山薬王院で使用。一般には荼枳尼天の真言）


飯縄権現は、歴史と様々な伝承を秘めた、奥深い信仰対象と言えるでしょう。その信仰形態の多様性と、時代を超えて続く信仰の力は、今後も研究を続ける価値のある魅力的なテーマです。

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