飯能戦争

飯能戦争：旧幕府勢力の終焉と飯能の炎上

飯能戦争は、慶応4年5月23日（1868年7月12日）に武蔵国高麗郡飯能村周辺（現在の埼玉県飯能市）で繰り広げられた、振武軍を中心とする旧幕府勢力と新政府軍との間の激戦です。

戦争の背景：彰義隊の結成と分裂

鳥羽・伏見の戦いでの幕府軍敗北後、徳川慶喜は恭順の意を示しますが、これに不満を持つ幕臣たちが彰義隊を結成します。当初は慶喜の名誉回復を目指していましたが、次第に主戦論が台頭し、組織は分裂。渋沢成一郎や尾高惇忠らは彰義隊を離脱し、新たに振武軍を結成します。上野戦争の敗残兵などを加え、400〜500名ほどの兵力で飯能に拠点を移すと、新政府軍との衝突は避けられなくなりました。

同時期、関東各地では慶喜の恭順に反発する旧幕臣による脱走や小規模な戦闘が頻発していました。新編埼玉県史は、飯能戦争と上野戦争をもって、関東における新政府軍への抵抗が一掃され、諸藩も恭順の姿勢を示したと評価しています。

彰義隊の分裂と振武軍の結成

彰義隊は、徳川慶喜の処遇を巡り、恭順を主張する渋沢成一郎派と、あくまで抗戦を主張する天野八郎派に分裂。成一郎らは彰義隊を離れ、奥野左京宅や大塚の自宅に集まり、山田劉八郎や野村良造らと新たな軍の組織を画策します。尾高惇忠を軍師に迎え、同志を募った結果、30名余りが集結。高岡槍太郎も成一郎から新組織結成の意思を伝えられ、同志と共に上野を離脱。

新部隊は「会津に加勢する」か「江戸郊外で新政府軍に抵抗するか」で議論。最終的に堀之内村の茶屋「信楽」を拠点に同志を募ることになり、水戸中納言の家臣や酒井雅楽頭の家臣、神奈川方面で組織された菜葉隊などが合流しました。成一郎らは尾高と協力し、伝習隊屯所からミニエー銃300丁と弾丸を奪取。閏4月19日、青梅街道の田無に入り、西光寺を本陣として「振武軍」と命名、幹部を選出しました。

飯能への転陣と戦闘準備

振武軍は同志を受け入れる一方、周辺の村々の名主から軍用金を徴収。屯集から約20日後の5月12日、箱根ヶ崎村へ拠点を移します。江戸に近く新政府軍の攻撃を受けやすい田無から、より安全な場所へ移動したのです。しかし、江戸方面には斥候を配置し、新政府軍と彰義隊との戦闘開始に備えました。

5月15日、上野戦争勃発の知らせを受け、振武軍は上野へ向かいますが、途中で彰義隊壊滅の報に接し、田無へ引き返します。その後、彰義隊や臥龍隊の敗残兵が合流し、軍勢は増強されました。5月17日、振武軍は二手に分かれ、飯能へ向かいます。飯能は、かつて栄一と成一郎が一橋領で農兵募集を行った土地であり、地理に精通し、領民との関係も良好でした。また、甲州や信州、秩父へ通じる交通の要衝でもありました。

5月18日、飯能に到着した振武軍は、能仁寺を本陣とし、智観寺、観音寺、広渡寺、心応寺、玉宝寺などに分宿。新政府軍を迎え撃つため、町の出入り口に立てて厳重に警戒しました。村人たちは、武器や食料の調達、弾丸の製造などに協力し、町は戦の準備に追われました。新政府軍が江戸を出発したとの知らせを受け、軍議が開かれ、飯能での決戦が決定。敗北した場合は、奥秩父の三峰山を再集結の地と定めました。

飯能戦争の勃発と激戦

5月23日深夜、入間川沿いの笹井村で新政府軍と振武軍との戦闘が開始されます（笹井河原の戦い）。佐土原藩が奇襲をかけ、銃撃戦が繰り広げられました。ほぼ同時刻、振武軍の一部は扇町屋に屯集する新政府軍に夜襲を試みますが、失敗に終わります。

5月23日早朝、大村藩と佐土原藩は飯能へ向けて進軍。野田村外れで振武軍の狙撃を受けます。一方、福岡藩と久留米藩は双柳村外れで振武軍と対峙。互いに旗を振るも敵味方の識別がつかず、銃撃戦となります。

川越藩は上鹿山方面へ進軍。鹿山村で振武軍から銃撃を受けました。中山方面では、能仁寺などに屯集する振武軍が新政府軍と激しい銃撃戦を展開。流れ弾が民家に飛び込むなど、町は混乱に陥りました。福岡藩と久留米藩は智観寺に大砲を打ち込み、突入しますが、振武軍は既に退却していました。

中山智観寺を制圧した新政府軍は、能仁寺へ向かう途中で聖天林に潜む振武軍から攻撃を受けます。大小砲で応戦し、これを撃退。飯能の町では、岡山藩兵が観音寺を攻撃し、放火。町は火の海と化しました。

能仁寺の陥落と振武軍の敗走

大村藩と佐土原藩は、振武軍の本陣である能仁寺へ総攻撃を開始します。砲弾が能仁寺本堂に直撃し、寺は炎に包まれました。新政府軍の猛攻と火災により、振武軍は本陣を放棄し、敗走。新政府軍は能仁寺を制圧し、扇町屋へ帰陣しました。

戦いの終結とその後

新政府軍は飯能周辺で掃討戦を展開し、逃亡する振武軍兵士を追いました。一方、成一郎や尾高らは、横手村の住民に助けられ、上州方面へ逃亡。その後、成一郎は榎本武揚率いる旧幕府艦隊に合流し、尾高は郷里へ戻りました。久保喜三郎や山田劉八郎らは奥秩父・三峰山へ辿り着きますが、主要幹部が現れなかったため、組織を解散。山田はその後、成一郎と合流し、箱館戦争に身を投じました。

飯能戦争では、能仁寺など4か寺が焼失、飯能村など4か村の200戸が焼失。住民が殺害されるなど、大きな被害が出ました。戦後、飯能周辺は新政府に敵対したイメージから、戦いのことは語られなくなり、新政府の価値観に沿う行為のみが強調されるようになりました。

もう一度検索