高木彦右衛門

高木彦右衛門（たかぎひこえもん）は、江戸時代に長崎で活躍した有力な町人です。長崎の町年寄を務め、出島の築造にも資金を提供しました。特に、唐蘭貿易の総元締として、長崎の貿易経済において重要な役割を果たしました。しかし、「深堀騒動」と呼ばれる事件によって、悲劇的な最期を遂げ、高木家は断絶することになります。

唐蘭貿易の総元締としての活躍

元禄9年（1696年）、高木彦右衛門貞親は、長崎町年寄の筆頭として、「唐人おらんだ商売割方ならびに三ヵ一共に、総勘定の元締」に任じられました。さらに翌年には、銅代物替の総締役にも任命され、唐蘭貿易を統括する立場となります。この時、江戸幕府は代物替会所を設立し、彦右衛門をその総元締に任命しました。

代物替とは、定高仕法では扱い切れない貿易品を物々交換で取引する方法で、元禄8年（1695年）に江戸の商人・伏見屋四郎兵衛が始めたものです。彦右衛門は、この代物替をさらに拡大し、2000貫目の積戻し品を俵物（海産物などの特産品）で買い取ることを認められ、その代わりに幕府に2万両の運上金を納めることになりました。

元禄11年（1698年）には、中国貿易において銀2000貫目分の煎海鼠、干鮑、鱶鰭、昆布などの俵物による代物替が許可され、唐船の数も70隻から80隻に増加しました。この結果、彦右衛門は勘定奉行直属の幕吏となり、「異国（唐船阿蘭陀）商売吟味定役并（ならびに）御運上銀納方役」という役職に任ぜられ、外国貿易と運上事務を統括することになりました。彦右衛門を頭取とし、町年寄4人と兼任を含む請払役12人、筆者小役15人からなる長崎会所が正式に発足しました。

幕府から支給された扶持米は80俵でしたが、彦右衛門の経済力は10万石の大名以上とも言われ、苗字帯刀も許されていました。元禄10年11月から翌11年5月にかけて江戸に出頭し、将軍に「礼拝」するなど、その威勢は非常に大きなものでした。

深堀騒動と高木家の断絶

元禄13年（1700年）12月19日、高木彦右衛門貞親は、代物替会所頭取兼長崎表御船武具預役を務めていました。この日、彦右衛門の初孫が誕生し、その祝いとして高木家一族は祝宴を開いていました。しかし、この宴席が悲劇の引き金となります。

高木家の家来である又助と久助が、大音寺坂で佐賀鍋島藩の家臣、深堀三右衛門とすれ違った際、泥をかけてしまったことが発端となり、口論になりました。その場は近所の人の仲裁で収まりましたが、恨みを抱いた又助と久助は仲間を集めて深堀鍋島屋敷に乱入。深堀三右衛門らを打ち据え、刀を奪って逃走しました。

翌朝、深堀三右衛門は親族の志波原武右衛門とともに高木邸に押しかけ、又助と久助の引き渡しを要求。彦右衛門は穏便に済ませようとしましたが、三右衛門らは納得せず、深堀鍋島家の家臣を加えて高木邸に討ち入りました。

襲撃時、入浴中だった彦右衛門は、浴衣姿で刀を持って応戦しましたが、最後は深堀三右衛門に刺され、三右衛門の息子・嘉右衛門によって首を斬られ絶命しました。この襲撃で高木邸は荒らされ、多くの死傷者が出ました。深堀衆は彦右衛門の首を槍先に突き刺して屋敷を出て、その後、深堀三右衛門と志波原武右衛門は切腹しました。

この事件の詮議は、幕閣の柳沢吉保、牧野成貞、阿部正武によって行われました。長崎奉行所の判決は、鍋島家側は嘉右衛門ら10人が切腹、加勢の9人は遠島という処分でしたが、主の鍋島官左衛門は不問となりました。一方、彦右衛門の子・彦六は、討入りの際に手向かいをしなかったことを咎められ、家屋・家財没収の上、長崎から追放処分となりました。深堀鍋島屋敷に乱入した高木家の家来9名は全員斬首。この事件によって高木家は断絶し、彦六は天草に移り住むことになりました。

高木彦右衛門の屋敷は、高木家没落後、町年寄の久松家の屋敷となりました。

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