高遠そば

高遠そば



高遠そばは、長野県伊那市高遠町を発祥とする蕎麦の食べ方で、その名前と食文化は福島県会津地方にも伝わっています。蕎麦つゆに大根おろしと味噌を使うスタイルが特徴で、地域や時代によってさまざまな変遷を遂げてきました。

特徴



江戸時代初期、蕎麦は辛味大根のおろし汁と焼き味噌で食べるのが一般的でした。その後、醤油や鰹節が普及すると、醤油ベースのつゆが主流となっていきます。しかし、高遠そばは、古い形式を残しつつ、地域ごとに独自の発展を遂げました。

福島県



福島県の高遠そばは、醤油や鰹節を使ったつゆも見られますが、大根おろしを絞った汁に味噌を加えて蕎麦を食べる古い形も残っています。特に会津地方の観光地である大内宿では、鰹節をかけた蕎麦を、大根おろし入りの出汁につけ、長ネギを箸代わりにして食べる独特なスタイルが名物となっています。

長野県



長野県では、戦国時代から家庭料理として受け継がれてきた「辛つゆそば」が、現在では「高遠そば」という名前で蕎麦店で提供されています。辛味大根の絞り汁を味噌で味付けしたつゆが特徴で、これは信州そばの原型とも言われています。地元住民は、この蕎麦のことを「からつゆそば」と呼ぶことが多く、「高遠そば」は主に観光客が使う名称です。

歴史



高遠そばの歴史は、江戸時代初期にまで遡ります。徳川秀忠の四男である保科正之は、高遠藩主を経て山形藩、そして会津藩へと移封されました。蕎麦好きだったとされる正之は、自身の領地となった山形や会津に蕎麦を広め、高遠藩から将軍家に寒ざらし蕎麦を献上する慣例を作りました。この寒ざらし蕎麦の製法は、高遠藩で考案されたものです。正之が連れてきた蕎麦打ち職人から受け継がれる蕎麦は、「高遠そば」と呼ばれるようになり、会津地方に根付いていきました。

高遠町では、蕎麦は家庭料理として深く根付いており、「そばの打てない女性は嫁にはいけない」と言われるほどでした。しかし、地域の人々にとっては日常的な食べ物であったため、商業的な蕎麦屋はなかなか存在しませんでした。1997年、高遠町が会津若松市を訪問した際、会津で「高遠そば」が商業的に成功していることを知り、翌年、高遠町の人々によって「高遠そばの会」が設立されました。会津の蕎麦屋の協力を得て、「高遠そば」は地域活性化の事業として進められました。2000年には会津若松市と高遠町が親善交流都市となり、2006年に高遠町と合併した伊那市がその関係を引き継ぎました。2007年には、高遠町で「高遠そば ますや」が開業し、その後、町内に蕎麦店が増えていくきっかけとなりました。

信州そば発祥の地



西駒ヶ岳の麓には、木喰行者の先明さまという人物がいました。彼は15年間蕎麦だけを食べ続け、多くの信者を集めたと言われています。彼の暮らした場所は水田がなく、収穫できる作物は蕎麦、大根、大豆、ネギなどに限られていました。これらの食材を使った「行者そば」は、断食前の食事として大量に食されたそうです。また、江戸時代には、行者たちが蕎麦の種を各地に広めたという記録もあります。これらのことから、「役小角が伊那を訪れた際、蕎麦の種を贈った」という伝説が生まれました。2012年、伊那市はこれらの歴史的な背景から、自らを「信州そば発祥の地」と宣言しました。

入野谷在来種



伊那市には、もともと在来種の蕎麦がありましたが、戦後の食糧難の時代に収穫量の多い品種に置き換えられ、忘れ去られていました。「昔の蕎麦は味が濃く美味しかった」という高齢者の声から、2009年頃に在来種の復活プロジェクトが始まりました。2012年、信州大学の研究室に「高遠在来」「長谷在来」と書かれた蕎麦の種子が発見され、2014年には県の試験場に保管されていた種子が発見されました。その種子から6粒が奇跡的に発芽し、2016年には18キロの収穫に成功しました。この在来種の蕎麦は、ナッツのような香りがする非常に美味しい蕎麦だったそうです。2019年には500キロが収穫され、江戸時代には「信州三大そば名産地」と呼ばれていた入野谷郷にちなんで「入野谷在来種」と命名されました。現在では、市内の蕎麦店でも提供されています。

脚注



  • - 白鳥孝 (2014年10月1日). “保科正之公と高遠そば”. 伊那市. 2017年9月13日閲覧。
  • - “幻のそば 「入野谷（いりのや）在来種」奇跡の復活！”. 一般社団法人伊那市観光協会. 2021年8月15日閲覧。
  • - 「信州そば発祥の地 長野・高遠町」『蕎麦春秋』第68号、リベラルタイム出版社、2024年2月1日、2-18頁。

関連項目




外部リンク



  • - 伊那市観光協会 おいでな伊那 高遠そば

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