麝香

麝香：神秘の香りを持つ天然資源

麝香（じゃこう、musk）は、雄のジャコウジカの腹部にある香嚢から採取される分泌物を乾燥させたものです。古くから、その独特の香りと薬効で珍重され、香料や生薬として世界中で利用されてきました。

歴史と用途

麝香の利用は古く、インドや中国では有史以前から薫香や香油、薬などに用いられていたと考えられています。アラビアでも古くから知られており、ヨーロッパにも6世紀にはその情報が伝来、12世紀には実際に麝香がもたらされた記録が残っています。

麝香は、甘く粉っぽい独特の香りを持ち、香水の香りを長く持続させる効果があることから、高級香水の重要な原料として用いられてきました。また、興奮作用や強心作用などの薬理作用も認められ、日本では六神丸、奇応丸、宇津救命丸などの伝統薬・家庭薬に配合されてきました。（救心は2015年に麝香の使用を廃止）ただし、漢方薬の煎じ薬として用いられることはありませんでした。中医薬学では、天然の麝香が主に使用されますが、輸出用や安価な生薬として合成麝香が使われることもあります。

採取とワシントン条約

かつては、麝香を得るために雄のジャコウジカを殺して香嚢を採取していました。一つの香嚢からは約30グラムの麝香が得られ、乾燥させるとアンモニア様の臭いが薄れ、暗褐色の顆粒状になります。薬としてはこの状態のまま、香水などにはエタノールに溶解したチンキとして使用されました。

ロシア、チベット、ネパール、インド、中国などが主要な産地でしたが、特にチベット、ネパール、モンゴル産のものが品質が良いとされていました。トンキンから輸出された最高級品は「トンキン・ムスク」と呼ばれ、非常に珍重されました。

しかし、麝香の採取のために多くのジャコウジカが殺されたため、ジャコウジカは絶滅の危機に瀕しました。そこで、絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約（ワシントン条約）により、ジャコウの商業目的の国際取引は原則として禁止されました。

現在では、中国でジャコウジカの飼育と、殺すことなく継続的に麝香を採取する方法が確立されつつありますが、商業的な需要を満たすには至っていません。六神丸、奇応丸、宇津救命丸などは、条約発効前に確保されたストックを使用していると言われています。

そのため、香料用途では合成ムスクが広く用いられ、天然麝香の使用は非常に少なくなっています。

麝香の成分

麝香の独特の香気成分の主成分は、ムスコン（3-メチルシクロペンタデカノン）という15員環の大環状ケトン化合物です。これは麝香の0.3～2.5％程度含まれています。他にムスコピリジンなどの大環状化合物や、アンドロステロン、エピアンドロステロンなどの男性ホルモン関連物質も含まれています。ムスコンが2％以上、C19-ステロイドが0.5％以上のものが良品とされています。麝香の大部分はタンパク質などで構成され、有機溶媒に可溶な成分は約10％程度です。

ジャコウジカと麝香の役割

ジャコウジカは、縄張りを持ち、繁殖期にのみつがいを作ります。麝香は、雄が遠くの雌に自分の位置を知らせる性フェロモンではないかという説がありますが、分泌量は季節に関係ないという説もあります。

その他の「麝香」「ムスク」

ジャコウジカ由来の麝香以外にも、麝香様の香りを持つもの、あるいはそれを産生する生物に「麝香」や「ムスク」の名が付けられています。例えば、霊猫香（シベット）を産生するジャコウネコやジャコウネズミ、ムスカリ、ムスクローズ、ムスクシード（アンブレットシード）、ジャコウアゲハなどです。また、単に良い強い香りを持つものにも「麝香」や「ムスク」の名が冠されることがあります。マスクメロンやタチジャコウソウ（タイム）などがその例です。

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