黄土

レス（黄土）のすべて：堆積学から建築材料、そして文化まで

はじめに

堆積学において「レス」とは、主にシルトサイズの微粒子からなる、淡黄色や灰黄色の未固結の風成堆積物を指します。日本では古くから「黄土」と呼ばれ親しまれてきました。レスは世界各地に分布し、その起源、性質、形成過程は、古気候や環境変遷を解明する上で重要な手がかりとなります。本稿では、レスの定義から研究史、性質、分布、起源、そして建築材料や顔料としての利用まで、多角的に解説します。

研究史：レス理解の変遷

レスという用語は、1824年にカール・シーザー・フォン・レオンハルトによって学術用語として初めて用いられました。当初は水の作用による堆積物と考えられていましたが、1857年にVirlet D'Aoustが風成説を唱え、1877年にフェルディナント・フォン・リヒトホーフェンが中国での調査結果に基づき、風成説を改めて提唱。これが広く受け入れられる契機となりました。その後も、レスの形成過程や堆積年代に関する研究が盛んに行われ、考古磁気年代測定や熱ルミネッセンスなどの手法が導入されたことで、レス層序の解明が進みました。

レスの性質：粒子、組成、構造

レスは、粒径が0.02～0.05mmのシルトが大部分を占め、粘土粒子は5～10%程度です。無層理で多孔質、淡黄色や灰黄色の色合いは、炭酸カルシウムや鉄・マンガン酸化物の存在によるものです。鉱物組成は、石英、長石、雲母などが主体で、炭酸カルシウムの含有量は地域差が大きいです。空隙率は50～55%と高く、透水性が高い一方、水に弱く、侵食を受けやすい性質を持っています。垂直に割れやすい性質も特徴的で、黄土高原に見られるような垂直な崖を形成します。

レスの続成作用：風成塵からレスへの変質

堆積した風成塵は、続成作用を経てレスへと変化します。乾燥気候下では、炭酸カルシウムや酸化鉄などが、シルト粒子を凝集させ、0.02～0.05mmの典型的なレス粒子を形成します。この過程で、粒状や斑状の団粒構造が生じ、多孔質の土層となります。レスに含まれる炭酸カルシウムは、二次的に生成される場合も多く、植物の根に沿って管状に集積したり、特徴的な結節状の塊を形成することもあります。

レス-古土壌層序：気候変動の記録

レスは、レスと古土壌が交互に重なった層序を形成します。古土壌は温暖な間氷期にレスが風化したものと考えられ、レスとは異なる色合いを示します。レス層序は、過去の気候変動を記録しており、その分析から過去の環境変遷を復元することができます。

レスの分布と起源：氷河と砂漠の産物

レスは、地球の陸地の約10%に10メートル以上の厚さで分布し、主要な分布地は北半球の温帯や乾燥帯です。起源は、氷河周辺地域と砂漠で、風によって運搬されたと考えられています。氷河周辺では、融水流や氷河の摩耗作用によって微粒子が生成され、砂漠では岩石の風化作用が強く働きます。中国の黄土高原は、氷河と砂漠の両方が起源であると考えられています。

レスの起源に関する議論：多元説

レスの起源については、風成説が主流ですが、現地での土壌生成説や多元説も存在します。多元説は、形成プロセスや条件の違いによって、多様なレス質堆積物が形成されると考えます。レス化していない堆積物が後からレス化したり、レス化と風化が同時進行したり、既にレス化したものが再堆積したりするなど、複雑なプロセスを経てレスが形成されます。レス中の化石や花粉分析も、当時の環境を復元する上で重要な手がかりとなります。

レスの堆積量の変化と編年

レスの堆積速度は、寒冷な氷期に大きく、温暖な間氷期に小さくなります。堆積速度の変化は、過去の気候変動を反映しています。黄土高原のレスは、約260万年前に堆積が始まり、その後、氷期の拡大に伴い分布が拡大しました。

黄土土壌：農業と文明

レスの表層は一般的に肥沃な土壌とされ、農業に適しています。黄土高原では、古くから農業が行われてきました。しかし、黄土土壌の肥沃性については、単純に「自己施肥能力」があるという従来の考えに反論も出されています。一部の地域では、長年の耕作や施肥によって肥沃化が進んだと考えられています。

材料としての黄土：建築と絵画

レスは、建築材料や顔料としても古くから利用されてきました。黄土色の顔料であるイエローオーカーは、絵画や陶器などに使用され、日本建築の土壁にも利用されてきました。特に、京都府伏見産の稲荷山黄土は、美しい色味で知られています。また、黄土高原では、レスの崖を掘りぬいた窰洞（ようどう）と呼ばれる住居が造られてきました。

まとめ

レスは、堆積学、古気候学、考古学、建築など、様々な分野に関連する重要な地質材料です。その多様な性質と形成過程、そして人類との関わりを理解することで、地球環境や文明の変遷をより深く理解することができます。今後の研究の発展により、レスに関するさらなる知見が得られることが期待されます。

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