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インターネットの黎明期において、ウェブサイトやメールアドレスを識別するために不可欠な要素であるドメインネームシステム（DNS）は、進化の過程にありました。その階層構造の最上位に位置するのがトップレベルドメイン（TLD）です。本稿で取り上げる`.nato`は、このTLDの一つとして、非常に短い期間ながら存在した稀有な例です。

`.nato`ドメインは、1980年代後半に当時のドメイン名登録機関であったInterNIC（インターネット・ネットワーク・インフォメーション・センター）によって導入されました。このTLDが設定された背景には、北大西洋条約機構（NATO）、世界的な政治・軍事同盟のインターネット上での活動を明確に識別する必要がありました。

当時、インターネット上で利用されていたTLDは、主に国別コードトップレベルドメイン（ccTLD）や、機能別トップレベルドメイン（gTLD）として知られる`.com`（商業組織）、`.org`（非営利組織）、`.gov`（政府機関）、`.edu`（教育機関）、`.mil`（軍事機関）などに限られていました。しかし、NATOは単一の国家の機関ではなく、複数の主権国家から構成される国際的な組織です。このため、既存のどのTLDも、NATOの持つ国境を越えた、国際的な性質を適切に表現するには不十分であると判断されました。このような背景から、NATOのために特別に設計された`.nato`という独自のTLDが登録されることになったのです。

しかし、`.nato`ドメインの導入からほどなくして、DNSの設計・実装に深く関わったコンピューター科学者、ポール・モカペトリス氏から、NATOの関係者に対して、より適切と考えられる別のドメイン名の使用が提案されました。その提案とは、`.nato`ドメインを単独で使用するのではなく、`.nato.int`という形式で利用するというものでした。

この提案は、`.int`という新しいTLDが創設されたことと密接に関連しています。`.int`ドメインは、1988年に国際的な条約に基づいて設立された機関や国際連合の関連機関など、真に国際的な組織のために特別に設けられたTLDです。これは、国別コードTLDや一般的な機能別TLDでは捉えきれない、国際組織のユニークな性格をインターネット上で識別するための標準的な仕組みを提供することを目的としていました。

NATOは、この`.int`ドメインの趣旨と、モカペトリス氏からの提案を受け入れ、組織のインターネットプレゼンスを`.nato.int`というドメイン名の下に統合する方針を採りました。これにより、NATOの公式なインターネットリソースは、順次`.nato.int`を頂点とするサブドメイン構造に移行していきました。

NATOが`.nato.int`の使用に切り替えた結果、独立したTLDとしての`.nato`は事実上その役目を終え、使われなくなりました。これは、国際組織のドメイン名の標準化が進んだことを意味し、`.int`ドメインが本来意図された目的を果たし始めた証でもありました。

そして、使用されなくなった`.nato`ドメインは、その登録から約8年後の1996年7月に正式にドメイン名システムから削除されました。これは、インターネットの管理体制が整備され、特定の組織のために特例的に設けられたドメインが、より汎用的で体系的な分類（この場合は`.int`）に置き換えられていく流れの一部と言えます。

`.nato`ドメインの短い歴史は、インターネットの初期がいかに試行錯誤の連続であったか、そしてグローバルなインフラストラクチャとしての性質を強める中で、ドメイン名の管理や分類がいかに進化してきたかを示す興味深い事例です。特に、国際組織のような主体に対するインターネット上のアイデンティティ付与が、当初は個別対応だったものが、やがて`.int`という標準的な枠組みへと発展していった過程を象徴しています。現在、NATOは引き続き`.nato.int`ドメインを使用しており、これは彼らが国際組織であることを明確に示す識別子となっています。

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