1960年の航空

1960年は、航空技術の飛躍的な進歩、冷戦下の国際情勢、そして民間航空の拡大が複雑に絡み合った、航空史において特に注目すべき一年となりました。この期間には、後の歴史に名を刻む組織の発足、画期的な技術試験の成功、そして国際関係に大きな影響を与えた事件など、多岐にわたる出来事が発生しました。

日本における動き

日本では、航空自衛隊の発展における重要な一歩が記されました。浜松基地に所在する第1航空団第2飛行隊内に、「空中機動研究班」が発足しました。この組織は、後のアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス」の前身となり、日本の航空ショーや国民的行事で華麗な展示飛行を披露する部隊の礎が築かれたのです。

技術革新と記録達成

この年は、航空技術の限界を押し広げる様々な試みが行われ、多くの記録が樹立されました。

垂直離着陸技術の進展: 4月6日、イギリスの実験機ショート SC.1が、垂直飛行から水平飛行への移行を成功させました。これは、場所を選ばずに運用できる航空機の可能性を示す重要な成果です。さらに11月19日には、後のVTOL機（垂直離着陸機）ハリアーの原型となるホーカーシドレー P.1127 ケストレル実験機が、自由飛行でのホバリングを初めて実施。VTOL機の実現に向けた研究開発が進展しました。
高高度パラシュート降下記録: 8月16日、米空軍のジョセフ・キッティンガー大尉（後に大佐）が、高高度パラシュート脱出システムの試験「プロジェクト・エクセルシオ」において、前人未踏の記録を樹立しました。彼は高度31,150mから降下を開始し、25,815mまで自由落下するという、当時のパラシュート降下における高度と自由落下時間の世界記録を達成しました。
貨物投下能力の証明: 5月12日、アメリカ空軍の輸送機 C-130 ハーキュリーズが、約15.8トン（35,000ポンド）という当時としては驚異的な重量の貨物をパラシュート降下させることに成功しました。これは、大型輸送機の能力を示す顕著な例です。
空中での物体回収: 8月18日、C-119 フライングボックスカーが、人工衛星ディスカバラー14号から放出されたデータカプセルを空中で回収しました。これは、宇宙からの帰還物を地上に降ろすことなく回収するという、将来の宇宙開発にもつながる重要な技術実証でした。
速度記録の更新: 9月30日、ソビエト連邦のコンスタンティン・コキナキは、MiG-21を改造したE-66機体で、100km周回飛行において時速2148.66 km/hの世界速度記録を樹立しました。また、11月15日以降には、アメリカ空軍のアルバート・スコット・クロスフィールドがロケット実験機X-15でマッハ2.97の速度を記録。極超音速飛行の研究が進展しました。
長距離無給油飛行: 12月14日、アメリカ空軍の戦略爆撃機ボーイング B-52Gが、無着陸・無給油で10,000マイル（約16,000km）の長距離飛行を達成しました。この19時間45分に及ぶ飛行は、戦略爆撃機の能力と航続距離の重要性を示すものでした。
南極への着陸: 1月26日、スキーを装着した輸送機が、アメリカのバード南極基地に初めて着陸しました。これは、極地における航空機運用の可能性を広げる出来事でした。

国際情勢と航空

冷戦下の国際情勢は、この年の航空分野に暗い影を落としました。

U-2撃墜事件: 5月1日、アメリカの高高度偵察機ロッキードU-2が、ソビエト連邦のスベルドロフスク上空で撃墜される事件が発生しました。CIAのパイロット、フランシス・ゲーリー・パワーズは捕虜となり、米ソ間の緊張は一気に高まりました。これは冷戦を象徴する出来事の一つとして記憶されています。
ミサイル開発の動向: 4月13日、イギリスは独自の大陸間弾道ミサイル開発計画を中止し、アメリカのスカイボルト・ミサイルを購入する方針を決定しました。これは、各国の防衛戦略が変化していく中で、同盟国間の軍事技術協力が進んだ例と言えます。
ソ連のミサイル事故: 10月24日、ソビエト連邦のバイコヌール宇宙基地で、開発中の大陸間弾道ミサイルR-16が発射台で爆発するという大事故が発生しました（ニェジェーリンの大惨事）。公式発表では90名、非公式には120名以上の死者が出たとされ、ソ連のミサイル開発計画に大きな影響を与えました。

民間航空の発展

民間航空も着実に発展を遂げました。

定期便の再開: 4月10日、1956年のスエズ危機以来運航が休止されていたBOAC（英国海外航空）のロンドン-カイロ便が再開されました。これは、国際情勢の落ち着きとともに航空ネットワークが回復していく様子を示しています。
ジェット時代の到来: 6月1日、トランスカナダ航空がダグラス DC-8を使用し、ジェット機によるモントリオールとロンドン間の定期運航を開始しました。これは、大西洋横断路線におけるジェット化の進展を象徴する出来事です。
レシプロ機の引退: 10月31日、BEA（英国欧州航空）が、ロンドンのヒースロー空港から定期運航していた最後のレシプロエンジン旅客機であるDC-3を退役させました。これは、プロペラ機からジェット機への世代交代が進んでいることを示しています。
登録機数の増加: 10月8日、アメリカ連邦航空局（FAA）は、国内で登録されている民間航空機が70,000機を超えたと発表しました。これは、自家用機やビジネス機を含む民間航空の普及が進んでいることを示すデータです。

受賞者

この年の航空分野における貢献者には、以下の賞が贈られました。

ハーモン・トロフィー：アルバート・スコット・クロスフィールド、ジョセフ・ウォーカー、ロバート・ホワイト
デラボー賞：ボリス・アドリアノフ、コンスタンティン・コキナキ（いずれもソ連）、ジョン・P・ディヴィス、トーマス・R・グリソム（いずれもアメリカ）

1960年は、新たな航空技術が実証され、記録が塗り替えられ、そして国際情勢が航空分野に深く関わった、航空史の重要な転換点の一つと言えるでしょう。ブルーインパルスの礎が築かれ、U-2事件のような国際的な出来事が発生するなど、多方面で記憶に残る一年となりました。

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