1963年の日本の女性史

1963年（昭和38年）は、日本の女性たちが社会の様々な領域で活動し、また多くの課題に直面した一年でした。経済成長が進む中で、女性の働き方や家庭のあり方が問い直され、労働環境、育児、社会運動、政治、文化など、幅広い分野で女性に関する出来事が起こりました。

年明け早々、経済学者の大熊信行が『朝日ジャーナル』に論文「家の再発見」を発表し、経済学が家庭を単なる消費の場と見なすのではなく、生命の再生産の場として捉えるべきだと主張しました。これは、働く女性が増加し、家庭の役割が見直されつつあった当時の状況を反映しています。経済審議会もまた、経済発展における人的能力の活用策として、女性の再就職促進やパートタイム制度の活用を答申しました。

一方で、働く女性を取り巻く環境には課題も多く見られました。労働省はキーパンチャーに多発していた障害について、作業管理の自主調整基準を策定し通達しました。また、神戸市交通局のバス車掌が不当な服装検査に抗議して自殺するという痛ましい出来事が発生し、服装検査制度のあり方が国会でも議論されました。さらに、日東化学工業や昭和電工など、複数の企業で年齢や既婚・共働きであることを理由にした女性への解雇が頻発しました。このような状況の中、東武鉄道労働組合はバス車掌を対象に、妊婦の妊娠初期からの下車勤務や育児時間の確保を勝ち取るなど、労働組合を通じた改善への取り組みも見られました。

母性保護についても議論が深まりました。中央児童福祉審議会は保育制度に関する中間報告で、両親による家庭での保育を原則とし、特に母親の保育専念と父親の協力を強調しました。この報告は、働く母親が多い現実との乖離が指摘され、後の松田道雄と厚生省児童課長による紙上論争へと発展しました。松田は、政府の「家庭づくり政策」が子どもの権利を盾に女性を職場から遠ざけるのではないかと批判し、育児の責任の大部分を母親に負わせるだけでなく、女性が働きながら子育てをできるよう社会が制度的に支援する必要性を訴えました。この論争は、育児の専門性や女性の働き方に関する現代まで続く議論の源流とも言えます。

育児や教育に関する問題は、女性たちの間で大きな関心事でした。第8回全国農協婦人大会では、保育所設置が重要な議題の一つとなり、「暮らしの協同設計」活動の推進が決議されました。東京都は学童保育対策費を予算化し、渋谷区では全国で初めて公立の学童保育が開始されました。しかし、乳児保育所の新設や保育料値上げを巡る動き（枚方市）や、保母の待遇改善を求める声（参議院）も上がりました。この頃から夫婦共働きが目立ち始め、団地族の間で子どもだけで留守番をする「カギっ子」が登場しました。また、大田区で幼稚園の入園願書のために親が徹夜で並ぶという状況が発生し、過熱する幼児教育への関心と共に「教育ママ」という言葉がマスコミに登場するようになりました。学校教育においては、高等学校で女子の家庭科4単位が必修化されました。

女性たちの社会運動も活発でした。人権を守る婦人協議会や国際婦人デー中央集会では、日韓会談反対が強く訴えられました。物価の高騰に対する懸念から、物価抑制を求める集会や請願活動が行われ、物価値上げ反対の主婦集会には1万人もの参加者がありました。社会の風紀や環境問題にも関心が寄せられ、日本キリスト教婦人矯風会は深夜喫茶の取締り強化を要望し、全国社会福祉大会でも売春問題が討議されました。また、足立区の千住母の会が開始した俗悪テレビ番組追放運動は全国的な反響を呼びました。総理府が中心となり、地婦連などが呼応した悪書追放運動も全国的に展開されました。

政治参加の面では、第30回衆議院議員総選挙で7人の女性議員が当選し、女性の投票率は70.02%に達しました。また、総評の定期大会では初めて女性が議長団に選出されるなど、組織内での女性の登用も進みました。

文化や生活面では、少女向け雑誌の週刊化が始まり（『週刊少女フレンド』、『週刊マーガレット』など）、若年層向けのメディア環境が変化しました。この年のヒット曲である「こんにちは赤ちゃん」が日本レコード大賞を受賞し、「私がママよ♪」という歌詞と共に、核家族における母親像が明るく描かれました。消費生活においては、関西主婦連が独自のブランド「主婦連バター」を発売するなど、主婦層の組織化された活動が見られました。

その他、戦没者の妻への特別給付金支給法が公布・施行されたり、三井三池炭鉱事故の遺族である未亡人の就職促進対策が国会で決議されたり、農村では青壮年の出稼ぎ増加に伴い婦人消防団の結成が進むなど、多様な出来事がありました。給食への脱脂粉乳使用に反対する運動が各地で起こったのもこの年です。

1963年は、高度経済成長期における社会構造の変化が女性たちの生活や意識に大きな影響を与え始めた時期であり、労働、家庭、育児、教育、社会活動など、様々な側面で女性たちが主体的に、あるいは状況に対応する形で関わった多層的な一年であったと言えるでしょう。

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