1973年のル・マン24時間レース

1973年のル・マン24時間レースは、自動車レース史上に輝く、ドラマチックなレースでした。このレースは、世界メーカー選手権の第8戦として、フランスのサルト・サーキットで開催されました。

この年、国際自動車連盟は、スポーツカーシリーズのレースを6時間または1000kmのレースに限定する方針を示し、ル・マン24時間レースの世界選手権からの除外を検討していました。しかし、フランス西部自動車クラブの強い抵抗により、伝統のレースは世界選手権の地位を維持することとなりました。

そんな中、日本から初参戦を果たしたのが、設立からわずか1年余りのシグマ・オートモーティブ（現サード）です。オイルショックの影響で多くの日本メーカーがモータースポーツから撤退する中、加藤眞オーナーの強い情熱によって、シグマは26号車『シグマ・MC73』を送り込みました。

シグマのル・マン挑戦は困難の連続でした。当初はトヨタとの提携でトヨタエンジンを使用する予定でしたが、直前で頓挫。急遽、マツダに協力を要請し、衆議院議員の石原慎太郎氏を仲介役として、マツダから12A型ロータリーエンジンの貸与を受けることができました。正月返上で準備を進め、筑波サーキットで僅か10周のテスト走行しか行えないまま、フランスへ出発しました。

ドライバー陣は、エースの高橋晴邦選手がトヨタとの契約により参戦できず、生沢徹選手、鮒子田寛選手、そしてフランス人ドライバーのパトリック・ダル・ボ選手という布陣となりました。チームの総費用は1000万円、スタッフは10名にも満たない小さなチームでした。パンアメリカン航空がメインスポンサーとなり、現地ではソニーからの追加支援も受けました。

予選では、フェラーリが圧倒的な速さを見せつけましたが、軽量なシグマ26号車は4分11秒1という好タイムで14位を獲得しました。しかし予選2日目にクラッチトラブルが発生。加藤オーナーは、日本から緊急でクラッチ部品を空輸させ、さらにフランスで業者にクラッチを製作してもらうなど、持ち前の機転と人脈を駆使して、決勝への参加を可能にしました。

決勝レースは55台が出走。フェラーリはトラブルに見舞われ、順位を落としました。一方、シグマ26号車は、十分なテスト走行ができていなかったことや、ル・マン独特の路面状況に対応できないなど、様々なトラブルに見舞われ続けます。サスペンションボルトの脱落はフェラーリからボルトを借りて応急処置するなど、工夫を凝らしながらレースを続行しましたが、10時間30分、79周目にクラッチトラブルによりリタイヤを余儀なくされました。

結果は、マトラ・シムカ・MS670Bが優勝。完走台数は21台でした。シグマはレースで得た経験、そしてソニーからの支援金によって黒字となり、1974年のルマン挑戦への足がかりを掴むことができました。シグマの挑戦は、資金力や体制が整っていない小さなチームが、不可能に思える目標に挑戦し、持ち前の創意工夫と粘り強さで大きな成果を上げた感動的な物語として、今も語り継がれています。このレースは、日本の自動車産業、そしてモータースポーツの歴史に重要な一頁を刻みました。

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