8つのノヴェレッテ

概要

ロベルト・シューマンの「8つのノヴェレッテ 作品21」は、1838年に作曲されたピアノ独奏曲集です。ノヴェレッテ（Novelletten）は、ドイツ語で「小さな物語」を意味し、シューマンは、このタイトルを冠した作品を複数残しています。この作品は、シューマンの初期ピアノ作品の中でも、特に重要な位置を占めており、彼の音楽的な成熟を示すと同時に、文学的なインスピレーションと個人的な感情が色濃く反映された作品として知られています。

作曲の背景

1838年は、シューマンにとってピアノ曲の創作において重要な年であり、同時期に「子供の情景」や「クライスレリアーナ」など、彼の代表作が次々と生まれています。この「ノヴェレッテ」も、その創造的なエネルギーの中で生み出されました。作曲当時、シューマンは恋人クララ・ヴィークとの関係で大きな困難に直面しており、クララの父であるフリードリヒ・ヴィークの反対により、二人は会うこともままならない状況にありました。しかし、シューマンはクララへの想いを諦めず、この作品にも、彼女への深い愛と情熱を込めたと言われています。シューマン自身も、クララへの手紙の中で「『ノヴェレッテ』には、あらゆる姿のあなたが現れる」と語っており、この作品がクララへの想いの結晶であることを示唆しています。

作品の特徴

「ノヴェレッテ」というタイトルは、短編小説（Novelle）に由来しており、シューマンは、この音楽形式に文学的な要素を持ち込んだ最初の作曲家とされています。各曲は、それぞれ独立した物語性を持っており、シューマンは、自身の作品を「滑稽譚」「エグモント風の物語」「父親たちのいる家庭の情景」「婚礼」など、様々な情景を音楽で表現しようと試みました。また、シューマンは、この作品を「大きな冒険物語」とも表現しており、各曲が持つ多様な表情を示唆しています。さらに、タイトルに関しては、シューマンが親交のあった歌手、クララ・ノヴェロの名前からの連想もあったと考えられています。

シューマンは、この作品を非常に高く評価しており、自身の最高傑作の一つに挙げていました。作品は、「朗らかな性格」や「満ち足りた気分」を表現していると評される一方で、「奥深い苦悩を反映した作品」とも評されており、シューマンの複雑な内面が表れています。シューマン自身も「力」や「陽気さ」、「どん底にいた瞬間」など、さまざまな言葉でこの作品を表現しています。

構成

全8曲からなるこの曲集は、全体を通して演奏すると約50分を要し、シューマンの主要なピアノ作品の中でも特に規模の大きな作品です。出版時には、2曲ずつ4つのグループに分けられましたが、これは出版上の都合によるもので、作品の本質的な構成とは関係がないとされています。各曲は、それぞれ調性や性格において関連性を持っており、シューマンは各曲が「内的に関連する」と述べています。楽想の重心は、冒頭曲と最終曲に置かれており、最終曲はフィナーレとして機能します。しかし、調性上の構成はやや緩く、各曲は大規模でありながら、独立性が強いのが特徴です。

シューマンは、出版までに曲順や構成を何度も検討しており、このことからも、曲集に統一された構想があったわけではないと解釈できます。実際に、抜粋して演奏されることも多く、シューマン自身もクララに抜粋演奏を認めていました。

各曲について

各曲は、形式的には三部形式やロンド形式を基本としていますが、シューマンは、この時期に形式との「戯れ」を試みており、伝統的な形式を自由に変化させています。特に第6曲と第8曲は、短い楽想の対置や変容が複雑に行われており、ジャン・パウル風とも評される独特な構造を持っています。

第1曲: ヘ長調。行進曲風に始まり、ロンドソナタ形式で展開する、力強い楽曲です。曲集の中でもよく知られています。
第2曲: ニ長調。練習曲風の両端部分と、テンポを落とした中間部から構成されています。シューマンは、この曲にゲーテの詩に由来する標題を与えていました。
第3曲: ニ長調。軽快な主部と、激しい中間部からなるユーモラスな楽曲です。中間部は、先行して発表された際、「マクベス・ノヴェレッテ」と呼ばれていました。
第4曲: ニ長調。ワルツを思わせる舞曲で、多声的な書法が用いられています。シューマンは、この曲を「バラードのよう」と評しました。
第5曲: ニ長調。昂揚したポロネーズで、アクセントが特徴的です。初期の構想では、曲集の冒頭に置かれていました。
第6曲: イ長調。自由な形式で書かれ、多彩な動機が次々と現れる奔放な楽曲です。シューマンは、この曲を「エコセーズのたぐい」と呼びました。
第7曲: ホ長調。対照的に明快な三部形式で、スケルツォ風の主部と、美しい中間部から構成されています。
第8曲: 嬰ヘ短調 - ニ長調。曲集の中で最も規模が大きく、複雑な構成を持っています。クララの作品から引用された旋律も含まれており、情熱的でドラマティックな楽曲です。

影響

「8つのノヴェレッテ」は、映画や小説などの芸術作品にも登場しており、その音楽は、現代においても多くの人々に愛されています。

映画『ふたり』: 劇中のピアノ発表会で演奏されています。
小説『蜜蜂と遠雷』: 作中のコンクールの第三次予選で、第2曲が演奏されています。

まとめ

シューマンの「8つのノヴェレッテ」は、彼の音楽的な才能と、人間的な感情が豊かに表現された傑作です。各曲が持つ多様な表情、そして全体としての一体感は、聴く者に深い感動を与えます。シューマンのピアノ音楽を理解する上で、欠かすことのできない重要な作品と言えるでしょう。

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