APT (鉄道車両)

APT（Advanced Passenger Train）とは

APT（Advanced Passenger Train）は、イギリス国鉄が1970年代から1980年代半ばにかけて開発していた車体傾斜方式の高速列車です。日本の新幹線やフランスのTGVに触発され、既存の線路を高速走行できるように改良する目的で開発されました。

開発の背景

1960年代、日本の新幹線の開業をきっかけに、世界各国で高速鉄道の開発が盛んになりました。イギリスでも高速鉄道導入の機運が高まり、ロンドンとエディンバラを結ぶ東海岸本線での導入が検討されました。その後、ロンドンとグラスゴーを結ぶ西海岸本線にも導入される予定でしたが、同区間には高速走行に適した直線区間が少なく、新線建設の予算も不足していたため、既存の線路を改良し、車両も高速走行に対応させる方針となりました。

この際、曲線区間での高速運転を実現するため、車体傾斜式の車両が開発されることになり、その結果誕生したのがAPTです。

開発を後押しした政治的背景

1964年、イギリスでは労働党のウィルソン政権が発足し、科学技術の振興を重視する政策が打ち出されました。この政策の中で、軍事研究に偏っていた国家予算を民間の研究開発にシフトし、新たな産業創出を目指す方針が示されました。その結果、航空機の開発プロジェクトが中止され、そこで余剰となった技術者がAPTやHST（インターシティー125）の開発に携わることになり、航空技術が鉄道車両に導入されることになりました。

APTの車種

APTには3段階の開発計画があり、初期段階ではガスタービン式のAPT-Eが開発されました。次に、電気式のAPT-Pがインターシティーに投入されましたが、技術的な問題が多く、結果は思わしくありませんでした。最後に計画されたAPT-Sは、APT計画自体の失敗により実現しませんでした。

APT-E
1972年に登場したガスタービン式のAPT-Eは、4両編成で、両端の動力車が2両の付随車を挟む構成でした。1976年まで各種試験が行われました。

APT-P
1978年、動力集中方式を採用した交流25000V架空電車線方式のAPT-Pが登場しました。10両編成、11両編成、14両編成が計画されましたが、実際には14両編成のみが製造されました。1981年よりロンドンとグラスゴー間のインターシティーとして試験的な営業運転が開始されました。

しかし、APT-Pには車体傾斜機構や流体式ブレーキシステムなど、多くの新しい技術が採用されていましたが、これらの技術的な問題が多発し、1981年から1984年の試験運用期間中に、正常に走行できたのはわずか1回だけでした。特に車体傾斜制御のトラブルは深刻で、曲線区間で車体が突然直立して乗客が投げ出されたり、直線区間で誤作動を起こして車体が傾きプラットホームを掠めながら通過した例もありました。また、ブレーキの異常発熱によるトラブルも頻発しました。これらの問題が原因で、ダイヤ通りの運行が困難になり、試験運用中に脱線事故も発生しました。

最終的にAPT-Pは1985年12月に運転を休止し、1986年にはAPT計画自体が中止されました。試作された編成は、ほとんどが解体処分されました。

APT計画中止とその後

APT計画は失敗に終わりましたが、APT-Pの車体傾斜機構の技術はイタリアのフィアットに売却され、ペンドリーノに採用されました。イギリスでは、ペンドリーノの車体傾斜機構が390形電車に採用されました。また、APT-Pの車体デザインや技術は、インターシティー225の91形電気機関車やマーク4客車に影響を与えました。

APT計画と並行して進められていたHST計画では、「インターシティー125」がディーゼル機関車と客車によるプッシュプル方式で大きな成功を収めました。対照的に、APTは技術的な課題が多すぎたため、実用化には至りませんでした。APTの開発が難航した場合に備えて進められていたHSTの開発が順調に進んだことで、その後30年にわたって使用されることとなりました。

新幹線やTGVが高速運転に適した専用線を建設して成功を収めたのに対し、APTは既存の線路を改良するのみで、十分な性能を発揮できなかったという点も、計画の失敗要因の一つと言えるでしょう。

保存車両

APT-E編成は、ヨークの国立鉄道博物館（本館）とシルドンの国立鉄道博物館（分館）に保存されています。APT-P編成は、クルーの鉄道博物館とシルドンのイギリス国立鉄道博物館（分館）に保存されています。

参考文献

Gourvish, Terry (2002). British Rail: 1974-97: From Integration to Privatisation. Oxford: Oxford University Press.
Potter, Stephen (1987). On the Right Lines?: The limits of technological innovation. London: Frances Pinter (Publishers).
Williams, Hugh, (1985). APT: A Promise Unfulfilled. London: Ian Allan Ltd.
N/A, (1981). Advanced Passenger Train: The official illustrated account of British Rail's revolutionary new 155mph train. Weston-super-Mare: Avon-Anglia Publications & Services.
O.S. Nock (1980). Two Miles a Minute. London: Patrick Stephens Limited
British Transport Films (1975) E for Experimental republished 2006 by the British Film Institute on DVD as part of British Transport Films Collection (Vol. 3): Running A Railway.

関連項目

高速鉄道
TGV 001
ペンドリーノ

外部リンク

APT-E
APT-P
APT-E at Old Dalby
APT-P high speed pantograph tests on WCML
Wickens, A., (1988) APT - With Hindsight Newsletter of the Friends of the National Railway Museum, No.84, Summer 1988
The Manufacturer (24, February 2004) The great train robbery
Advanced Passenger Train Info Site

もう一度検索