MDPI

MDPI（Multidisciplinary Digital Publishing Institute）

スイスのバーゼルに本拠を置くMDPIは、学術論文のオープンアクセス出版を専門とする出版社です。北京、武漢、東京など世界各地に支社を展開し、2020年には年間16万報を超える論文を出版し、オープンアクセス分野で世界最大の規模となりました。医学、自然科学、工学、社会科学など、幅広い学術分野をカバーしており、2020年末時点で300誌以上の査読済みオープンアクセスジャーナルを発行しています。これらのジャーナルの多くは主要な論文データベースに収録されており、一部にはインパクトファクターが付与されています。

MDPIが出版する全ての論文は、誰でも無料で閲覧・利用できるオープンアクセス方式を採用しており、クリエイティブ・コモンズのCC BY（表示）ライセンスの下で、改変や二次利用が許可されています。出版にかかる費用は主に著者側が負担する論文掲載料（APC）によって賄われています。APCの高騰に関する議論はありますが、従来の購読型モデルに代わるものとしてオープンアクセスモデルは広く受け入れられています。

沿革

MDPIの起源は、化学的試料の保存を目指して1996年にバーゼルで設立された非営利組織MDPI（Molecular Diversity Preservation International）Vereinに遡ります。この組織は、研究用試料の保管とその多様性の保全を目的とし、同年にはシュプリンガー・フェルラークと共同で電子ジャーナル「Molecules」を創刊しました。その後、「Entropy」、「International Journal of Molecular Sciences」、「Sensors」など、オープンアクセスジャーナルを次々と立ち上げます。

2008年には、出版する全論文にクリエイティブ・コモンズCC BYライセンスを適用するオープンアクセスポリシーを明確化し、過去の論文にも遡って適用しました。また、同年に中国の北京に編集拠点を設置しています。

2010年5月、ジャーナル運営会社としてMDPI AG（Multidisciplinary Digital Publishing Institute）が設立されました。MDPI Vereinが保管していた試料事業は後にMDPI Sustainability Foundationに移管され、Verein自体は解散しました。MDPI Vereinが運営していた学会関連サービスは、2009年にsciforumに移管され、現在はMDPIが運営しています。急速な事業拡大に伴い、従業員数は2020年には3861人に達しました。日本には2019年に東京にMDPI Japan合同会社が設立されています。

MDPIは、出版規範委員会（COPE）、オープンアクセス学術出版社協会（OASPA）、オープンアクセス学術誌要覧（DOAJ）、国際科学技術医学出版社協会（STM）といった主要な学術出版関連組織の会員となっています。

サービス内容

出版物

MDPIは、300誌を超える査読済みオープンアクセスジャーナルを発行しています。これらのジャーナルは、Web of Science、PubMed、Scopusなど、数多くの主要な学術データベースに収録されています。クラリベイト社のデータによると、2020年には73誌にインパクトファクターが付与されています。

MDPIは、論文掲載料（APC）を著者が負担するモデルを基本としています。査読協力者へのAPC割引券の配布や、研究機関向けの無料登録プログラム「Institutional Open Access Program (IOAP)」を通じた所属研究者のAPC割引なども提供しており、2020年までに世界中の700以上の研究機関が参加しています。

その他のサービス

学術出版事業に加え、MDPIは研究活動を支援する多様なオンラインサービスを展開しています。主なものとして、学術文献の無料データベース「Scilit」、査読前論文を公開する「Preprints」、学会運営支援プラットフォーム「Sciforum」、学術情報オンライン百科事典「Encyclopedia」、研究者向けソーシャルネットワークサービス「SciProfiles」などがあります。

論争と評価

MDPIは急成長を遂げる一方で、いくつかの論争や批判にも直面してきました。

物議を醸した論文

過去には、「Nutrients」誌におけるオーストラリアの糖質摂取と肥満に関する論文（後に数式の誤りなどが指摘され修正）、「Life」誌に掲載された生命の起源理論に関する論文（一部メディアから批判的な論調で報道され、編集委員の辞任を招いた）、モンサント系除草剤成分に関するレビュー論文（疑似科学的と批判された）、COVID-19ワクチン接種の有益性に関する論文（データの誤用が指摘され後に撤回、編集委員の辞任を招いた）など、特定の論文掲載が学術界やメディアで物議を醸す事例がありました。

ジェフリー・ビールによる批判

オープンアクセス出版の批判者であるジェフリー・ビールは、2014年にMDPIを自身の「捕食出版リスト」に掲載しました。ビールは、著名な研究者が編集委員であることを認識していない可能性、高額なAPC、物議を醸す論文の出版、中国における事業展開などを批判の根拠としました。MDPIはこれらの批判に対し、具体的な証拠を提示して反論し、著名編集委員の件については誤報があったことを指摘しました。MDPIは2015年にビールのリストから除外されています。

その他の批判と透明性の向上

一部の研究者からは、APCモデルが質の低い論文出版を助長する可能性や、事業拡大を優先するあまり編集体制に課題があるといった指摘も出されました。例えば、「Nutrients」誌では編集方針への圧力があったとして編集委員の一部が辞任した事例がありました。MDPIはこれらの批判に対し、編集委員の論文採択権の尊重や、批判が事実に基づかないものであることなどを主張しています。

MDPIは透明性向上の取り組みとして、2014年からは一部ジャーナルで査読者のコメントや著者の返答を公開する「公開査読」の導入を進めています。

近年の評価

様々な議論がある中で、MDPIの出版規模は著しく拡大しており、出版論文数では世界のトップクラスに位置しています。多くのジャーナルで引用指数が上昇傾向にあり、迅速な査読・出版プロセスも特徴として挙げられています。これらの要素が、多くの研究者にMDPIを選択する理由となっています。

MDPIは、学術情報のオープンアクセス化を推進する主要な担い手の一つとして、今後もその動向が注目される存在です。

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