NSシステム

NSシステムとは

NSシステム（Numerical Simulatorシステム）は、日本の航空宇宙技術研究所（NAL、現在のJAXA航空宇宙開発部門の一部）が、航空宇宙分野における数値シミュレーション研究を推進するために開発・運用した一連のスーパーコンピュータシステム群です。その目的は、風洞実験などの物理的な実験を補完・代替する形で、計算機による高度な数値流体力学シミュレーションを実現することにありました。

研究所では1960年代から数値計算によるシミュレーション技術の研究開発に取り組んでおり、その歴史は古いです。1960年代初頭には、大型遷音速風洞のデータ処理用にバロースのDatatron 205が導入されました。その後、日立製作所のHITAC 5020や5020Fといった汎用大型機が使われますが、研究所の研究者たちは次第に、より高性能な計算能力を求めるようになります。

ベクトル計算機の導入と「日本スパコンの父」

1970年代に入ると、数値流体力学計算には高い計算能力が不可欠であることが認識され、ベクトル型スーパーコンピュータの導入が検討されます。1977年には、後に富士通のベクトル型スパコンVPシリーズの原型となるFACOM 230-75 APU（Array Processor Unit）が導入されました。この開発には、「日本スパコンの父」とも称される当時の研究所研究者、三好甫氏と富士通が緊密に協力しており、後の日本の高性能計算開発の礎が築かれました。

NSシステムの世代

NSシステムという名称が初めて冠されたのは、1987年に稼働を開始した第1期システム、NSI（Numerical Simulator I）からです。NSIは、富士通に特別に発注・開発されたFACOM VP-400を中核とするシステムでした。

そして、NSシステムの名を一躍有名にしたのが、1993年に運用が始まった第2世代システム、NSIIです。このシステムは「NWT」（Numerical Wind Tunnel、数値風洞）という愛称で広く知られています。NWTは、富士通のVPPシリーズをベースとしつつ、世界で初めて分散主記憶型アーキテクチャを採用したベクトルスーパーコンピュータでした。この革新的な設計により、NWTは1993年11月および1994年11月から1995年11月にかけて、スーパーコンピュータの性能ランキングであるTOP500で世界第1位を獲得するという快挙を成し遂げました。技術的な特徴としては、実用計算機としては珍しいGaAs（ガリウムヒ素）トランジスタが一部に使用されていたことも挙げられます。NWTの導入により、100万格子点規模の粘性流計算が約10分という当時としては画期的な時間で可能になりました。しかし、その高い稼働率が示すように、航空宇宙分野における計算需要はその後も増大し、導入から3年後には能力が不足する状況となりました。NWTの開発においても、三好甫氏が官民を牽引する重要な役割を果たしました。氏は1993年に研究所を退官した後も、初代地球シミュレータのリーダーを務めるなど、日本のHPC（High Performance Computing）分野を先導し続けました。

続く第3世代システム、NSIIIは2002年に導入されました。この世代では、ベクトル型からスカラー型CPUを多数連携させるクラスタ構成に移行しました。具体的には、128個のCPUを搭載した富士通のPRIMEPOWER HPC2500を14台、高速なInfiniBandで接続することでシステムが構築されました。これにより、理論ピーク性能で9.3 TFLOPS、主記憶容量3.6 TBと、NSIIと比較して演算性能で30倍以上、記憶容量で80倍以上という大幅な性能向上を実現しました。

JAXA統合後の運用と後継システム

2003年に宇宙科学研究所（ISAS）、宇宙開発事業団（NASDA）、航空宇宙技術研究所（NAL）が統合され、宇宙航空研究開発機構（JAXA）が発足すると、NSシステムを含む旧各組織の計算機システムは、情報・計算工学（JEDI）センターが一元的に運用管理する体制となりました。NSシステムはJAXAスーパーコンピュータ（JSS）ネットワークに接続され、特にJAXA調布航空宇宙センターにおける計算能力の主力を担いました。

NSシステムの後継として、2009年には富士通のテクニカルコンピューティングサーバFX1を3392台接続した新しいシステムが導入されます。このシステムは理論ピーク性能135 TFLOPSを達成し、LINPACKベンチマークで110.6 TFLOPSという実行性能を記録しました。これは2008年11月発表のTOP500リストにおいて、実行効率で世界1位、実行性能で日本1位、世界17位に相当するものでした。

さらにJAXAのスーパーコンピュータシステムは進化を続け、2014年からはJSS2（計算システムSORA-MAはPRIMEHPC FX100）、そして2020年運用開始のJSS3（計算システムTOKI-SORAはPRIMEHPC FX1000、スーパーコンピュータ「富岳」と同じA64FX）へと移行し、航空宇宙研究開発を高性能計算の側面から支えています。

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