ORDVAC

ORDVAC（オードヴァック）

ORDVAC（Ordnance Discrete Variable Automatic Computer）は、アメリカ合衆国のイリノイ大学が、陸軍の要請を受けてアバディーン性能試験場に設置された弾道研究所のために開発した、最初期のデジタルコンピュータの一つです。1951年春に運用を開始し、主に陸軍が必要とする複雑な弾道計算のために使用されました。ORDVACは、計算科学の発展において幾つかの重要な足跡を残しています。

ノイマン・アーキテクチャの実装

ORDVACの設計思想は、数学者ジョン・フォン・ノイマンが提唱したIASアーキテクチャ（後にフォン・ノイマン・アーキテクチャとして広く知られるようになるコンピュータの基本構造）に基づいていました。イリノイ大学の電子技術者たちは、この革新的なアーキテクチャをハードウェアとして具現化した最初のチームの一つであり、その成果がORDVACとして結実しました。

計算機科学史上の意義

コンピュータ科学史において、ORDVACは特筆すべき業績を持っています。それは、世界で初めてコンパイラが開発され、実用化されたコンピュータであるという点です。コンパイラは、人間が理解しやすい高水準言語で書かれたプログラムを、コンピュータが実行できる機械語に変換するソフトウェアであり、その後のプログラミング手法に革命をもたらしました。ORDVAC上でコンパイラが開発されたことは、ソフトウェア開発の歴史における大きな一歩でした。

また、アバディーン性能試験場に設置された後も、夜間8時間の間はイリノイ大学から電話回線を通じて遠隔操作で利用することが可能でした。これは、世界で初めて定期的にリモートからの利用が行われたコンピュータの一つと考えられており、今日のネットワークを通じたコンピュータ利用の先駆けとも言えます。

技術的な特徴

ORDVACは、同時期の他のコンピュータには見られないユニークな特徴をいくつか有していました。

互換性: イリノイ大学内で同時期に開発された姉妹機、ILLIAC Iとの間でプログラムレベルでの高い互換性を持っていました。これにより、両マシン間でプログラムを交換し、実行することが容易でした。この設計は、後にオーストラリアで開発されたSILLIACにも影響を与えました。
開発者: ORDVACおよびILLIAC Iの開発は、主にJ.P.ナッシュ氏が率いるチームによって行われました。また、ドナルド・ギリース氏もアバディーン性能試験場でのORDVACの動作確認を手伝っています。
ハードウェア: ORDVACはおよそ2178本の真空管を主要な構成要素としていました。基本的な計算速度は、加算に約72マイクロ秒、乗算には約732マイクロ秒を要しました。主記憶装置にはウィリアムス管が採用され、1ワードあたり40ビットで1024ワードという容量を持っていました。
非同期設計: 特に際立った技術的特徴として、システム全体の動作を同期させるクロックを持たない「非同期設計」を採用していた点が挙げられます。これは、先行する命令の完了が次の命令の実行開始を引き起こすというメカニズムであり、当時のコンピュータとしては極めて珍しい方式でした。
* 独自の十六進表記: 数値表現においては、一般的なA-Fではなく、K・S・N・J・F・Lという独自の記号を用いた十六進表記を採用していました。これは、当時の入出力装置として用いられたテレタイプ端末の5トラック紙テープに対応するための、実用的な工夫であったと言われています。

設置と移送の迅速なプロセス

イリノイ大学でORDVACが完成し、十分に評価された後、システムは分解されて設置場所であるメリーランド州のアバディーン性能試験場へと輸送されました。現地では、シルビアン・レイ氏やエイブ・タウブ氏ら3名からなるチームが再組み立てと動作確認を担当しました。彼らは当初1ヶ月程度が見込まれていた作業を、わずか1週間という驚異的な速さで完了させました。完成度を確認しに訪れた陸軍関係者が責任者を尋ねた際、全てを終えて清掃を行っていたエイブ・タウブ氏を指し示して「あそこでほうきを持っている彼だ」と答えたという逸話が残されており、開発チームの能力とユーモアを示すエピソードとして語り継がれています。

関連事項

ORDVACの開発は、イリノイ大学でその後に続くILLIACシリーズ（ILLIAC I, ILLIAC II, ILLIAC III, ILLIAC IVなど）の開発へと繋がっていきました。これらのマシンは、初期のコンピュータ開発史において重要な役割を果たしています。

ORDVACは、弾道計算という軍事的な目的のために開発されたマシンでしたが、その設計、特にコンパイラ開発やリモートアクセスの実現といった点において、その後のコンピュータ技術の発展に大きな影響を与えた歴史的なコンピュータと言えるでしょう。

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