PET 2001

コモドール PET 2001

PET 2001は、コンピュータメーカーであるコモドールが1977年に世に送り出した画期的な製品です。これは同社にとって初の完全なコンピュータシステムであり、その後のコモドール製8ビットコンピュータシリーズの礎となりました。「PET」という名称は、「Personal Electronic Transactor（個人用電子実行機）」のアナグラムに由来しています。特にカナダやアメリカの教育市場において高い評価を得て、広く普及しました。

誕生の背景と進化

PET 2001の開発は、1970年代中盤における電卓市場の激動期に端を発します。当時、電卓用CPUの主要サプライヤーであったテキサス・インスツルメンツ（TI）が、自社製品の競争力強化のためチップの外販価格を引き上げたことで、電卓メーカー各社は厳しい状況に立たされました。コモドールもTIのチップを利用して電卓を製造販売していましたが、新たなチップ供給元を探す必要に迫られます。そこで出会ったのが、革新的な6502マイクロプロセッサを開発したモステクノロジーでした。

モステクノロジーのチャック・ペドルは、6502を採用したワンボードコンピュータキット「KIM-1」をコモドールの社長ジャック・トラミエルに見せ、今後の市場はコンピュータへ移行すると説得に成功しました。1976年9月には、ペドルの紹介により、スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックが開発中のApple IIの試作機をコモドールに見せ、買収を提案しましたが、価格面で合意に至りませんでした。この出来事もあり、トラミエルは社内で独自のコンピュータ開発を決断。翌年の家電見本市（CES）に間に合わせるべく、ペドルを含むチームにわずか6ヶ月での設計・試作を命じました。こうして誕生したのが、モニター、キーボード、記録媒体を一体化した世界初のオールインワン型ホームコンピュータ、PETです。最初のモデルはPET 2001と名付けられ、6502プロセッサを中心に、ディスプレイ、キーボード、内蔵データレコーダー、そして外部拡張ポートを制御するシステムが構築されました。RAM容量は4KBモデル（2001-4）と8KBモデル（2001-8）があり、基本的な設計思想は後に登場するMacintoshとも共通する「すぐに使えるコンピュータ」を目指していました。データ記録には、キーボード横に搭載されたカセットテープレコーダー（Datassette）を使用。転送速度は1500ボーでしたが、信頼性を高めるため実質750ボーで運用されました。本体には、メモリ拡張、2台目のカセットレコーダー、パラレルポート（プリンターやフロッピーディスク接続用）、そしてIEEE-488ポート（モデムなど）といった拡張ポートが装備されていました。

PET 2001の製造は国際的に分業され、低コストでの大量生産が実現されました。CPUウェハーはアメリカ、パッケージ化はフィリピン、基板はメキシコ、ディスプレイは台湾、カセットレコーダーはシャープの台湾工場、キーボードは日本で製造され、アメリカのサンノゼで最終組み立てが行われました。1977年1月のWinter CESで発表された後、同年10月に出荷が開始されましたが、注文が殺到し、生産が追いつかない状況が続きました。このため、翌年には4KBモデルの生産を早期に打ち切り、8KBモデルに注力しました。

初期モデルは成功を収めた一方で、いくつか課題も抱えていました。特に不満が多かったのは、電卓のような小さなキーボードです。ゴムのような感触から「チクレットキーボード」と呼ばれ、キートップの表示が剥がれやすい問題もありました。また、当時のホームコンピュータとしては珍しくありませんでしたが、信頼性も十分とは言えませんでした。これらの不満に応える形で、サードパーティから交換用キーボードもすぐに登場しました。

改良とシリーズ展開

こうした初期の課題を踏まえ、コモドールは1979年に改良型の「2001-N」シリーズを投入します。初期モデルのライトブルーだった画面表示は一般的なグリーンに変更され、内蔵データレコーダーを廃止することで、より大きく使いやすいフルキーボードを搭載しました。内蔵ROMも更新され、新たに開発されたフロッピーディスクドライブへの対応が強化されました。RAM容量別に8KB（2001-N8）、16KB（2001-N16）、32KB（2001-N32）のモデルが登場しましたが、8KB版はほどなく販売終了となりました。また、このシリーズから内蔵ROMに簡易的な機械語モニター機能が追加され、メモリ内容の参照や書き換えが可能になりましたが、アセンブラは搭載されておらず、16進数での直接入力が必要でした。

2001-Nシリーズも好評を博し、コモドールはヨーロッパ市場への展開を図ります。しかし、ヨーロッパでは既に「PET」という商標が存在したため（フィリップス社）、名称を「CBM 3000シリーズ」と改め、機種名も3008、3016、3032に変更されました（3008も早期に終了）。

1980年には、4000シリーズが登場。ディスプレイが大型の12インチとなり、ビデオコントローラーも刷新されました。BASICもバージョン4.0となり、フロッピーディスク対応コマンドが強化されています。教育市場では、特に32KBモデルの4032が大量に導入されました。頑丈な金属製ケースとオールインワン設計が、教室での利用に適していると評価されたためです。また、他の用途ではあまり活用されなかったIEEE 488ポートが、学校では重要な役割を果たしました。これを介して複数のPETを接続し、当時高価だったプリンターやディスクドライブを共有する小規模なネットワークを構築できたからです。ただし、当時のPET内蔵ROMにはIEEE-488のネットワーク機能は含まれておらず、ユーザー側でのプログラム開発が必要でした。

PETシリーズはさらに発展し、8000シリーズが登場します。これも12インチモニターを採用し、ビデオコントローラーも4000シリーズと同じものを使用しましたが、表示は80桁×25行となり、ビジネス用途を強く意識していました。一方で、この変更は従来の40桁表示プログラムとの互換性を損なう結果となりました。8000シリーズは32KBのRAMを標準搭載しましたが、後に64KBを追加した8096モデルも登場。また、このシリーズからサウンド発生用のスピーカーが内蔵されています。

キーボードに関しても、2001/3000/4000シリーズの多くのモデルは「グラフィックスキーボード」と呼ばれる、数字がテンキー部分に集中し、アルファベット上の列に記号が配置された特殊な配列でした。しかし、3032と4032にはビジネス向けに一般的なキー配列の「ビジネスキーボード」を採用したBモデルが存在し、8000シリーズでは全機種がビジネスキーボードとなりました。外部記憶装置も充実し、各種の5.25インチ、8インチフロッピーディスクドライブに加え、5MBや7MBのハードディスクドライブも提供されました。ヨーロッパではビジネス用途での普及も見られましたが、アメリカでは標準的であったCP/M|CP_Mが動作しないことが、ビジネス市場での大きな制約となりました。

互換性とグラフィックス・サウンド

4000/8000シリーズにおけるビデオコントローラーの変更は、「キラーPOKE」として知られる重大な互換性問題を引き起こしました。2001/3000シリーズには、画面のちらつきを防ぐために、ビデオRAMへのアクセスを垂直帰線期間に限定する機能を制御するレジスタがありました。多くのプログラムが高速化のためにこの機能を無効にするPOKE命令を使用していましたが、4000/8000シリーズでは同じアドレスに全く異なる制御レジスタ（CRTCの制御レジスタ）が配置されていました。そのため、従来のPOKE命令を実行するとモニターの同期がおかしくなり、最悪の場合はハードウェアの故障につながる可能性がありました。このため、旧機種向けプログラムは新機種で実行する際に改造が必要でした。

シリーズの末期には、SuperPETまたはMicroMainframeとも呼ばれるSP9000が登場します。これはウォータールー大学との協力で開発され、プログラミング教育に特化したモデルでした。8000シリーズを基盤としつつ、MC6809を第2のCPUとして搭載し、RAMも増強。6502上のBASICに加え、6809上で動作するAPL、COBOL、FORTRAN、Pascalといった高度なプログラミング言語処理系を内蔵ROMに搭載していました。また、端末プログラムも備え、大学の大型コンピュータへのリモート開発環境としても活用されました。

PETシリーズの後継として、コモドールはCBM-IIシリーズ（Bシリーズ）を投入しましたが、商業的な成功には至りませんでした。しかし、PETシリーズへの需要は根強く、CBM-IIの筐体を流用し、キーボードを分離可能としたSK（separated keyboard）モデルが登場。モニターも首振り機構が追加されました。当初は8032の基板を使用していましたが、後に専用のマザーボードが開発され、RAMを64KBに増強した8296、さらに2基のフロッピーディスクドライブを内蔵した8296-Dが発売されました。公式にはPETシリーズに含まれませんが、教育市場でのApple IIeに対抗するため、1983年にはコモドール64の基板をPET 4000シリーズに似た筐体に収めたEducator 64もリリースされています。

グラフィックス機能に関しては、初期のPETはホームコンピュータ市場において、Apple IIやAtari 400/800のような高精細なカラーグラフィックスやサウンド機能を備えた競合機種に後れを取りました。カラー対応は、後のVIC-20やコモドール64で実現されます。PET自体向けには、外部接続の高精細グラフィックボードも存在しましたが、標準機能はROMに固定された文字セットに限定されていました。当時の多くの競合機が持っていた、文字パターンをRAM上で定義し、任意に表示できるPCG（Programmable Character Generator）機能がPETにはなく、大きな弱点の一つとされました。

しかし、この欠点を補うため、PETの文字セット（PETSCIIと呼ばれる）は、ASCII-1963を基盤としつつ、様々なグラフィックスパターンを含む独自の文字が多数用意されていました。これにより、スペースインベーダーのようなゲームも文字だけで移植されています。PETSCIIには、大文字/小文字セットと、大文字/グラフィックスセットの切り替え機能があり、文字の反転表示も可能でした。グラフィックスを必要としないテキストアドベンチャーゲームなどでは、PETの機能は十分でした。一部のソフトウェアは、文字セット用ROMを交換可能なEPROMと同梱することで、独自の文字セットをサポートしました。サードパーティからも、数学記号や多言語用の文字セットEPROMが発売されています。

サウンド機能も、8000シリーズ以外のPETには専用ハードウェアがありませんでしたが、IEEE-488ポートの出力を利用して矩形波の音を出すテクニックがあり、一部のゲームで活用されました。

主な機種

PET 2001/-N/-B シリーズ, CBM 3000 シリーズ: 初代および初期改良モデル。CPUはMOS 6502 (1MHz)。RAMは4KBから32KB。BASIC ROMを内蔵。9インチモノクロ40桁×25行表示。チクレットキーボードまたはフルキーボード。
PET 4000 シリーズ: 教育・ビジネス向け強化モデル。CPUはMOS 6502 (1MHz)。RAMは8KB、16KB、32KB。BASIC 4.0 ROMを内蔵。12インチモノクロ40桁×25行表示。
CBM 8000 シリーズ: ビジネス向け強化モデル。CPUはMOS 6502 (1MHz)。RAMは32KB、96KB。BASIC 4.0 ROMを内蔵。12インチモノクロ80桁×25行表示。サウンド機能内蔵。
SuperPET 9000 シリーズ: 大学向けツインCPUモデル。CPUはMOS 6502とMC6809 (1MHz)。RAM 96KB。BASIC 4.0および6809用多言語処理系ROM (48KB)を内蔵。12インチモノクロ80桁×25行表示。RS-232ポート装備。

コモドール PET 2001シリーズは、ホームコンピュータ黎明期において、オールインワンという革新的なコンセプトと、教育市場での成功により、その後のパーソナルコンピュータの発展に影響を与えた重要なモデルと言えるでしょう。

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