PSR B1620-26 b

PSR B1620-26 b

PSR B1620-26 bは、地球からおよそ1万2400光年彼方、さそり座の方向に位置する太陽系外惑星です。非公式ながら、その並外れた年齢から旧約聖書の長寿の人物にちなみ「メトシェラ（Methuselah）」という愛称でも広く知られています。また、「起源の惑星（the Genesis Planet）」と呼ばれることもあります。この惑星は単一の恒星ではなく、パルサーであるPSR B1620-26 Aと白色矮星のWD B1620-26という二つの恒星からなる連星系を公転する「周連星惑星」であり、史上初めて発見された周連星惑星として特筆されます。さらに、球状星団の中で見つかった初めての系外惑星でもあります。

年齢

PSR B1620-26 bの最も顕著な特徴はその年齢です。この惑星を含む三つの天体からなる系は、球状星団M4の中心核からわずかに離れた場所に存在しています。M4球状星団は約127億年の年齢を持つと考えられており、星団を構成する全ての恒星はほぼ同時期に誕生したと推定されています。通常、惑星は母恒星と同時に形成されるため、この惑星の年齢もまた約127億歳と推定されます。これは、現在知られている系外惑星の中で最も古い部類に属し、地球の年齢（約46億年）の約3倍にあたります。

特徴

PSR B1620-26 bは、その質量が木星のおよそ2.6倍に達する巨大ガス惑星です。連星系の重心からの平均距離は約23天文単位（およそ34億キロメートル）に及び、これは太陽から天王星までの距離よりわずかに遠い程度です。この長い軌道を一周するのにかかる公転周期はおよそ100年と非常に長いです。

惑星が公転する連星系は、質量1.34太陽質量のパルサー（中性子星）PSR B1620-26と、質量0.34太陽質量の白色矮星WD B1620-26から構成されます。主星であるパルサーは、半径約20kmという極めてコンパクトな天体でありながら、1秒間に100回も回転する高速回転中性子星、いわゆるミリ秒パルサーです。伴星の白色矮星は半径が太陽の約0.01倍、表面温度は約25200K以下とされています。この二つの恒星は互いの周囲を約1天文単位の距離で、およそ6ヶ月の周期で公転しています。この連星系自体の年齢も127億年から130億年と推定されており、既知の連星系としては最も高齢な部類に入ります。

形成と進化の歴史

パルサーを巡る惑星の形成過程は完全には解明されていませんが、PSR B1620-26 bは、現代の惑星形成理論で説明されるような一般的なプロセス、例えば原始惑星系円盤からの成長を経た可能性は低いと考えられています。恒星の中心核が崩壊して中性子星になる超新星爆発の際には、恒星のほとんどの質量が吹き飛ばされ、重力環境が激変するため、その後に惑星が残ることは考えにくいからです。

より有力視されているシナリオは、まず現在の白色矮星の周囲に惑星が形成され、その後、この恒星と惑星のペアが、球状星団の密度の高い環境下で偶然遭遇した中性子星に「捕獲」されたというものです。銀河系の円盤部では恒星同士の接近遭遇は稀ですが、球状星団の中心部では比較的頻繁に発生します。およそ100億年以上前のある時期に、中性子星は惑星を伴った恒星を重力的に引き付け、連星系を形成したと考えられています。この過程で、中性子星が元々伴星を持っていたとすれば、それは弾き出された可能性が高いでしょう。

捕獲された恒星はおよそ5億年前、進化して膨張を開始し、赤色巨星となりました。典型的な若いパルサーの回転周期は比較的長いのですが、伴星から物質を吸い込むことで加速され、ミリ秒パルサーへと進化します。PSR B1620-26パルサーが数ミリ秒周期で回転していることは、伴星から物質が流入している明確な証拠です。赤色巨星が膨張してパルサーのロッシュ・ローブ（重力圏）を超えると、その表層の物質がパルサーへ流れ込み始めます。この降着物質はパルサーの回転を加速させ、極めて高温となってX線を放射するようになり、この系は一時的に低質量X線連星と呼ばれる状態になりました。

物質の移動が進むにつれて、物質を供給していた赤色巨星は外層を失い尽くし、中心核が収縮して白色矮星となりました。こうして、パルサーと白色矮星、そしてその周囲を巡る惑星という現在の三体からなる系が完成したのです。

しかし、PSR B1620-26 bの長期的な未来は必ずしも安泰ではありません。M4球状星団の中で、この三体系は周辺の恒星よりも質量が大きいため、恒星が密集する星団の中心部へと、ゆっくりと引き寄せられていく傾向があります。数十億年後には、この系が近傍の他の恒星と接近遭遇する可能性が高まります。その場合、三つの天体の中で最も質量の軽い惑星が、この系から弾き出される可能性が最も高いと見られています。もしそうなれば、PSR B1620-26 bはM4球状星団から完全に放逐され、残りの生涯を宇宙空間を孤独にさまよう自由浮遊惑星として送ることになるでしょう。

発見

他の多くの系外惑星と同様に、PSR B1620-26 bは直接観測ではなく、間接的な方法で発見されました。特にパルサーを巡る惑星の場合、その強力な重力がパルサーの自転に影響を与え、地球から観測されるパルスの周期にわずかな変化（ドップラー効果）を引き起こします。1990年代初頭、天文学者のドナルド・バッカー率いるチームは、PSR B1620-26パルサーを研究しており、観測されたパルス周期の複雑な変化を完全に説明するには、パルサーと既知の伴星（当時はまだ恒星とだけ考えられていた）に加えて、第三の天体の存在が不可欠であることを突き止めました。数年間の追跡観測によって、この第三の天体がパルサーと伴星の両方に及ぼす重力の影響が正確に測定され、その質量が恒星としては小さすぎるものであることが示されました。これにより、この第三の天体が惑星であると結論づけられ、その成果は1993年にStephen Thorsettらによって発表されました。

しかし、この時点では伴星が白色矮星であることは確実ではありませんでした。惑星の軌道を精密に分析することで、伴星の質量が推定され、惑星の形成理論に基づけば、この伴星は比較的若く高温な白色矮星であると予測されました。この予測を確認するため、ハッブル宇宙望遠鏡が用いられました。2003年7月10日、Steinn Sigurdssonらのチームはハッブル宇宙望遠鏡による観測から、予測されていた特徴を持つ伴星である白色矮星を検出したことを公表しました。この成果がNASAの記者会見で発表された際、「メトシェラ」という愛称と共に紹介され、その並外れた年齢と特異な存在は世界中のメディアの注目を集めました。

名称

PSR B1620-26 bという名称は、天文学データベースSIMBADなどでは用いられていますが、科学論文の中には、連星系を構成する恒星AやBとの混同を避けるためか、PSR B1620-26 cと記述しているものも見られます。しかし、現在の系外惑星の命名規則では、連星系（この場合はPSR B1620-26）を公転する惑星には、通常、恒星系名の後に小文字の「b」を付けて表記するのが一般的です。PSR B1620-26 bは、このような命名規則が確立される前に発見されたため、表記の揺れが見られるケースがあります。

正式な命名ではありませんが、「メトシェラ（Methuselah）」という非公式な名称もしばしば用いられます。この名前は、旧約聖書に登場する、人類史上最も長寿とされる人物メトシェラに由来しており、PSR B1620-26 bの極めて古い年齢を示す際に、この愛称が使われることがあります。

PSR B1620-26 bは、その発見の経緯、存在する環境、そして何よりもその並外れた年齢において、他の多くの系外惑星とは一線を画すユニークな天体です。宇宙の最も古い時代に惑星がどのように形成され、過酷な環境下でいかに生き残ってきたのかを探る上で、極めて貴重な情報源となっています。

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