VisiOn

VisiOn：先駆的なGUI環境とその波乱に満ちた歴史

VisiOnは、1980年代初頭、ビジコープ社（旧Personal Software）によって開発された、GUI（グラフィカルユーザーインターフェース）ベースの画期的なオペレーティング環境です。当時のPC/AT互換機|PC_AT互換機におけるMS-DOSの初期バージョン上で動作しました。しかし、VisiOnは商業的な成功を収めることはありませんでした。その要因は、当時のコンピュータ環境においては高価で、要求されるシステム構成が大きすぎたこと、そして市場の動向にうまく対応できなかったことなど、様々な問題が複雑に絡み合っていたのです。にもかかわらず、VisiOnは後のWindows開発に少なからず影響を与えた重要な存在であり、その歴史は現代のコンピューティング技術の進化を理解する上で貴重な知見を提供してくれます。

VisiOn誕生の背景：VisiCalcの成功と限界

1981年、Personal Software社は、表計算ソフト『VisiCalc』の大成功により、飛躍的な発展を遂げていました。経営陣は将来の事業戦略を模索する中、VisiCalcと連携する製品群の開発という構想が浮上しました。しかし、当時、VisiCalcを含む各製品は独立して動作しており、データのやり取りには複雑な手順を要していました。例えば、VisiPlotでVisiCalcのデータをグラフ化するには、データを一旦エクスポートし、再びインポートするという手間のかかる作業が必要でした。

この課題を解決するため、開発チームはデータ交換の標準化、ユーザインタフェースの統一、アプリケーション間の切り替え時間の短縮という3つの重要な目標を掲げました。MS-DOSはシングルタスク環境であったため、異なるアプリケーション間をスムーズに移動することは、当時の技術では困難な課題でした。

Xerox Starの影響と開発の開始

1981年6月、ゼロックス社が発表したワークステーション『Xerox Star』は、Personal Software社に大きな衝撃を与えました。同時期、Apple Computer社が類似のコンピュータ（後のLisa）を開発中だったことも知られており、GUIの可能性が現実のものとなりつつありました。Personal Software社は、GUI開発の才能を持つScott WarrenとDennis Abbe両氏と出会い、彼らを自社に招へいしました。両氏は、低スペックなTRS-80上でSmalltalkのデモンストレーションを行い、社内に大きな感銘を与えました。

こうして、"Quasar"と名付けられたプロジェクトが開始され、その後VisiOnと改名されました。「vision（未来像）」と、同社製品の名称に共通する「Visi」を組み合わせた名称です。Apple IIIへの移植が完了すると、開発はDEC VAX上で行われ、1982年初頭、Personal Software社は社名をビジコープ社に変更、VisiOnに社運を賭けることとなりました。

VisiOnの革新的な機能と課題

VisiOnは、当時のGUIとしては先進的な機能を備えていました。完全なマウス操作、ビットマップ表示によるテキストとグラフィックスの表示、オンラインヘルプ機能、マルチタスク機能など、後のGUI環境の礎となる機能を数多く搭載していました。しかしながら、VisiOnにはグラフィカルなファイルマネージャが欠けており、高速なアプリケーション切り替えには大容量のハードディスクドライブが必要でした。当時のハードディスクは非常に高価だったため、これがVisiOnの普及を妨げる大きな要因となりました。

COMDEXデモの大成功とその後

1982年秋のCOMDEX見本市において、VisiOnのデモンストレーションが大成功を収めました。観客は、その滑らかな動作に驚き、VisiOnは大きな話題となりました。しかし、この成功は、ビジコープ社に新たな問題をもたらすことになります。多くの注文が殺到する一方で、開発は遅延しており、製品の出荷時期に関する様々な憶測が飛び交いました。

企業内紛争とVisiCalc開発者の離脱

VisiOnの開発が進む中、ビジコープ社内では深刻な問題が発生していました。経営陣の独裁的な経営スタイルや、社内における様々な対立が、企業の崩壊へと導いていきました。特に、VisiCalcの開発責任者であったMitch Kaporの離脱は、大きな痛手でした。KaporはLotus Development Corporationを設立し、その後『Lotus 1-2-3』をリリース、VisiCalcにとって大きな競合相手となります。

VisiOnのリリースと市場での苦戦

VisiOnは予定を大幅に遅らせ、1983年12月にようやくリリースされました。しかし、高価なシステム要件と、当時の市場ニーズとのミスマッチにより、期待されたほどの商業的成功は収められませんでした。翌年、Apple Computer社がMacintoshをリリースすると、その高い性能と手軽さでVisiOnは市場においてさらに苦戦を強いられることになります。さらに、Microsoft Windowsの登場もVisiOnのシェアを奪うことになります。

技術仕様とその後

VisiOnはIntel 8086 CPUを搭載したIBM PC互換機で動作し、512KBのRAMと5MBのハードディスクドライブを必要としました。C言語のサブセットで記述されており、UNIXへの移植も可能とされていましたが、実際には移植されることはありませんでした。1984年、ビジコープ社の資産はControl Data Corporationに売却されました。VisiOnは、商業的には失敗に終わったものの、GUIの歴史における重要なマイルストーンとして記憶されています。その技術的な挑戦と、市場における失敗から多くの教訓が得られるでしょう。

もう一度検索