とっておきの音楽祭

「とっておきの音楽祭」は、音楽の力を通じて、障害のある人もそうでない人も分け隔てなく共に楽しめる社会、すなわち「心のバリアフリー」を実現することを目的とした無料の街角コンサートです。2001年（平成13年）に宮城県仙台市で第1回が開催されて以来、毎年継続して行われ、やがて全国各地に同様の取り組みが広がるきっかけとなりました。

この音楽祭の最大の特徴は、誰もが無料で気軽に音楽に触れられる点にあります。毎年6月初旬に仙台市中心部で開催されるメインイベントでは、勾当台公園をメイン会場とし、定禅寺通りや一番町アーケード、仙台PARCOなど、約30ヶ所もの街角に特設ステージが設けられます。ここには宮城県内外から多数の音楽家や団体が参加し、様々なジャンルの演奏が繰り広げられます。この一大イベントには例年20万人もの観客が訪れ、街中が音楽で溢れる賑わいを見せます。

運営は多くのボランティアによって支えられており、その数は開催日には400人から500人に上ります。また、音楽イベントでありながら、聴覚に障害がある方々への配慮も徹底されています。約50人の手話通訳者が各ステージに配置され、演奏される楽曲の内容や雰囲気を伝達するなど、誰もが楽しめる環境づくりに努めています。

この無料屋外コンサートという形式は、仙台で1991年（平成3年）から続く「定禅寺ストリートジャズフェスティバル（JSF）」を参考にしています。しかし、「とっておきの音楽祭」はJSFとは異なり、屋外会場での参加が難しい方々のために公式な屋内会場も設けられている点が特徴です。さらに、会場に来られない方々も参加できるよう、事前に募集した歌詞に曲を付けてステージで披露するなど、音楽を通じて多様な形でイベントに関われる試みも行われています。

このような仙台での成功を受け、「とっておきの音楽祭」と同様の趣旨・形式を持つイベントが日本各地で開催されるようになりました。「とっておきの音楽祭 in ○○」と称されるこれらのイベントは、それぞれの地域の実行委員会が主催しており、仙台の本祭と協力関係を築きながら、開催日が重ならないように調整されています。現在では、山形、秋田、栗原、東松島、会津、枚方、熊本、名古屋など、全国各地でそれぞれの「とっておきの音楽祭」が行われています。仙台においては、初夏のこの音楽祭と、秋に仙台市などが主催するノーマライゼーションを推進する文化イベント「ウェルフェア」が、共に福祉と文化の交流の場として定着しています。

音楽祭の設立には、障害者の芸術活動支援という国際的な潮流も影響しています。1960年代にスペシャルオリンピックスが立ち上げられ、1974年からは「Very Special Arts（VSA）」という障害者芸術活動を推進する動きが始まりました。VSAは1989年に国際的な障害者芸術祭「Very Special Arts Festival（VSAF）」を初開催し、世界各地に波及します。日本でも1992年に大阪府で日本初の障害者芸術祭「とっておきの芸術祭」がVSAFに倣って開催され、大きな成功を収めました。同時期には「アジア太平洋障害者の十年」も採択されるなど、社会的な機運が高まる中で、「とっておきの芸術祭 in ○○」と称するイベントが各地で生まれました。この「Very Special」を「とっておきの」と訳したのは、大阪府堺市ゆかりの城みさを氏らとされています。

宮城県でも、福祉政策を専門とする浅野史郎氏が知事に就任した後、1995年度から2000年度にかけて広域圏ごとに「とっておきの芸術祭」が開催されました。そして、2001年、宮城県での国民体育大会・全国障害者スポーツ大会の開催、仙台ハーフマラソンでの車いす部門新設など、障害者を取り巻く環境整備が進む中で、「とっておきの音楽祭実行委員会SENDAI」が設立され、同年10月に「翔く・新世紀みやぎ大会」と同時期に「とっておきの音楽祭」が初めて開催されたのです。当初は1回限りの予定でしたが、予想を上回る反響を受けて毎年開催されることとなりました。

イベントの運営には、当初から資金面の課題が伴いました。県からの補助金が大幅に減額されたため、企業・団体からの協賛金や広告収入、そして参加者からの参加費（開始当初1000円、2014年以降1500円）などで運営資金を確保しています。こうした資金面での努力に加え、多くのボランティアの献身的な協力があってこそ、この音楽祭は毎年開催され続けています。

実行委員会は、仙台での本祭に加え、様々な活動を展開しています。2002年からは「とっておきの音楽祭キャラバン」として宮城県内のイベントへ出張参加を始め、2003年からは各地での「とっておきの音楽祭 in ○○」開催を支援しています。また、2004年からはコミュニティFM局でレギュラー番組「とっておきの音楽祭ラジオキャラバン」を放送し、情報発信を続けています。2005年には、日本初のNPO法人の音楽出版社である「NPO法人オハイエ・プロダクツ」を設立し、音楽制作やイベント企画など活動の幅を広げました。プライベートレーベルからのCDリリース（2006年）やドキュメンタリー映画「オハイエ！」の自主制作（2007年）なども行っています。これらの活動を柱に、仙台の実行委員会は年間を通じて様々な取り組みを進めています。

過去には、仙台市内の屋内ホールで単独のコンサート「とっておきの音楽祭スペシャル」も開催されていましたが、NPO法人設立後は行われていません。

「とっておきの音楽祭」は、その活動が社会的に高く評価されており、過去には「いきいき青葉区推進協議会表彰」や平成18年度バリアフリー化推進功労者表彰における「内閣府特命担当大臣表彰」、第3回日本イベント大賞の「大賞」および「社会貢献部門賞」などを受賞しています。また、実教出版の「現代社会資料集」でも紹介された実績があります。

キャッチコピー「みんなちがってみんないい」（金子みすゞの詩より）に象徴されるように、この音楽祭は多様性を認め、音楽を通じて人々が心を通わせる場を提供し続けています。それは、単なるイベントを超え、共生社会の実現に向けた継続的な取り組みとして、多くの人々に支持されています。

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