エリック・ホッファー

エリック・ホッファー：苦難を越えた独学の哲学者

エリック・ホッファー（1902-1983）は、正規の教育をほとんど受けずに独自の思想を構築したアメリカ合衆国の社会哲学者です。その異色の経歴から「沖仲仕の哲学者」としても知られています。

波乱に満ちた幼少期と青年期

1902年、ドイツ系移民の子としてニューヨークのブロンクスに生まれたホッファーの人生は、早くから試練に満ちていました。7歳の時に母親と死別し、同年に視力も失ってしまいます。しかし、15歳で奇跡的に視力を回復。再び失明するかもしれないという恐怖から、彼は猛烈な勢いで読書に没頭するようになります。学校教育は一切受けませんでしたが、この時期の読書がその後の思想形成の礎となりました。18歳で唯一の肉親である父親も亡くし、天涯孤独となった彼は、ロサンゼルスの貧民窟で日々の暮らしを立てる生活を送ります。

放浪と独学の探求

28歳の時、自殺未遂という極限体験を経て、ロサンゼルスを離れることを決意します。カリフォルニア各地を季節労働者として転々としながら、労働の合間には図書館に通い詰め、大学レベルの物理学や数学を独学で習得しました。その後、農園での経験から植物学に強い興味を持ち、労働をやめてまでその研究に没頭し、これも独学でマスターしました。

異色の研究員から哲学者へ

ある時、勤務先のレストランでカリフォルニア大学バークレー校の教授と出会い、ドイツ語の植物学文献の翻訳を手伝ったことがきっかけで、その知識と語学力が認められます。研究所で働くことになった彼は、当時流行していたレモンの病気の原因を突き止めるという功績を上げ、正式な研究職のオファーを受けますが、彼はそれを選ばず、再び自由な放浪生活に戻りました。

哲学的な思索と著述活動の転機となったのは1936年、34歳の冬のことです。砂金掘りの仕事で雪山にこもることになった際、偶然手にしたモンテーニュの『エセー』に深く感銘を受けました。この本を繰り返し読み込み、暗記するほど読み耽る中で、「書く」という行為を強く意識し始めたといいます。

「沖仲仕の哲学者」の誕生

1941年からはサンフランシスコで港湾労働者（沖仲仕）として働き始めます。そして1951年、最初の著作である『大衆運動』を発表。肉体労働に従事しながら思索し、執筆を続ける彼のスタイルは、彼に「沖仲仕の哲学者」というユニークな呼び名をもたらしました。彼は65歳になるまで沖仲仕の仕事を続け、労働組合の幹部も長く務めました。「沖仲仕の仕事は自由と運動、そして閑暇と収入のバランスが最も取れていた」と彼は語っています。

社会への提言と独自の思想

1964年にはカリフォルニア大学バークレー校の政治学研究教授に就任し、週一度のオフィスアワーを持ちましたが、労働現場を離れることはありませんでした。1967年にCBSで放送されたエリック・セヴァライドとの対談番組は全米で大きな反響を呼び、彼は一躍、時代の知的カリスマとしての知名度を獲得します。ベトナム戦争や学生運動、ヒッピー文化が隆盛を極めた1970年代にあって、ホッファーは体制にとらわれない独自の視点を発信しました。彼はヒッピーを「甘やかされた子供たち」と批判し、真面目に働くブルーカラーの若者たち「スクウェア」を支持しました。また、ベトナム戦争に対しても肯定的な見解を示すなど、その言動は当時のリベラルな潮流とは一線を画していました。

晩年と功績

1983年2月、時の大統領ロナルド・レーガンから大統領自由勲章を贈られます。同年5月、80歳でその生涯を閉じました。貧困、失明、孤独、肉体労働といった過酷な経験を乗り越え、独学で深い洞察力と表現力を身につけたエリック・ホッファーは、体制に媚びることなく、社会や大衆心理の本質を鋭く分析した思想家として、今日でも多くの人々に影響を与え続けています。

主要著作

『大衆運動』 (The True Believer: Thoughts on the Nature of Mass Movements, 1951)
『情熱的な精神状態』 (The Passionate State of Mind and Other Aphorisms, 1955)
『変化という試練』 (The Ordeal of Change, 1963)
『波止場日記 - 労働と思索』 (Working and Thinking on the Waterfront: a Journal, June 1958-May 1959, 1969)
『現代という時代の気質』 (The Temper of Our Time, 1967)
『初めのこと今のこと』 (First Things, Last Things, 1971)
『人間の条件について』 (Reflections on the Human Condition, 1973)
『安息日の前に』 (Before the Sabbath, 1979)
* 『エリック・ホッファー自伝 - 構想された真実』 (Truth Imagined, 1983)

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