シビュラ

シビュラ：古代地中海の預言者たち

シビュラとは、古代地中海世界においてアポローン神から神託を受ける巫女のことです。シビラ、シビュッラ、シビュレーなど、様々な呼び名でも知られています。その起源は紀元前7世紀から6世紀頃のイオニア地方に遡るとも言われていますが、確実な記録としては紀元前5世紀のヘーラクレイトスの言及が最古です。

初期の思想家たちは、シビュラを単数形で語ることが多かったようです。しかし、時代が下るにつれ、様々な地域にシビュラが存在したという説が有力になっていきました。タキトゥスは複数のシビュラが存在する可能性を示唆し、パウサニアスは4人のシビュラを挙げているほどです。

ラクタンティウスは、マルクス・テレンティウス・ウァロの著作を引用し、ペルシア、リビア、デルポイ、キメリア、エリュトライ、サモス、クーマエ、ヘレースポントス、プリュギア、ティーブルの10人のシビュラを列挙しています。

ローマにおいては、クーマエとエリュトライのシビュラが特に敬われていました。中世後期になると、ヨーロッパとアグリッパのシビュラを加えた12人とする説も登場しましたが、常に12人という認識が定着したわけではありませんでした。フランソワ・ラブレーの『第三の書』では、10人のシビュラを前提に、別の女預言者を11番目か第2のカッサンドラかと表現している箇所もあります。

ルネサンス期以降の影響

ルネサンス期以降は、『シビュラの託宣』とその引用を多く含む教父の著作の影響により、シビュラは美術作品におけるモチーフとして好まれるようになりました。ミケランジェロはシスティーナ礼拝堂のフレスコ画にシビュラを力強く描き、後のシビュラ像に大きな影響を与えました。彼の作品には、デルポイ、リビア、ペルシア、クーマエ、エリュトライのシビュラが描かれています。

ヴァティカン宮殿やシエナ大聖堂など、多くの場所でシビュラの姿を見ることができます。シエナ大聖堂の舗床に描かれたシビュラは、マッテオ・ディ・ジョヴァンニによる作品です。ルネサンス期の作品では、シビュラは聖書に登場する預言者たちのように、キリストの降誕を予言する存在として描かれることが多くなりました。ラファエロ、ピントゥリッキオなどもシビュラを主題とした作品を残しています。

19世紀には、フランスの歴史家ジュール・ミシュレがヨーロッパの魔女の起源をシビュラ信仰に求めるという説も登場しました。

各地のシビュラ

様々な地域に伝わるシビュラについて、それぞれの特徴を見ていきましょう。

ペルシアのシビュラ: アレクサンドロス大王に仕えたニカノールの著作で言及されています。ヘブライ、カルデア、バビロニア、エジプトのシビュラと同一視されることもあります。

リビアのシビュラ: 古代シワ・オアシスでゼウス・アモンの神託を司った預言者。その場所は不確実で、エジプト西部とされています。アレクサンドロス大王も彼女の予言を参考にしています。ギリシア神話に登場するラミアーを母とするという説もあり、パウサニアスは彼女を最も古いシビュラだと考えていました。

デルポイのシビュラ: デルポイのアポローンの聖域で予言した伝説的存在。アポローンの巫女であるピューティアと混同されることもありますが、別の人物です。パウサニアスは、人間の男性とニンフの間に生まれたと主張しています。プルータルコスは、彼女を最初のシビュラと位置付けていました。

キメリアのシビュラ: ナエウィウスの『ポエニ戦役』などで言及されています。シエナ大聖堂に描かれた彼女の像には、『シビュラの託宣』に見られるキリスト復活の予言が刻まれています。

エリュトライのシビュラ: イオニアのエリュトライの都市で活躍したシビュラ。アポロドロスは、彼女がトロイア戦争について予言したと伝えています。ラクタンティウスは『シビュラの託宣』の断片を引用する際に、常に彼女に帰属させていました。

サモスのシビュラ: サモス島の古い年代記で言及されています。エラトステネスがその報告をしています。

クーマエのシビュラ: ローマ神話に登場するシビュラ。アポローンから予言の才能と1000年の命を与えられたものの、若さを保つことを忘れたため、年老いていきました。ウェルギリウスの『アエネーイス』では、アエネーアースの冥界への旅に同伴した女性として描かれています。また、『シビュラの書』をローマにもたらした人物ともされています。

ヘレースポントスのシビュラ: ソロンとキュロス2世の時代にマルペッソスで暮らしていたとされるシビュラ。「シビュラ」という名は、彼女を指す固有名詞であったとも言われています。伝説では、『シビュラの書』の作者とされています。

プリュギアのシビュラ: アンキューラで活動したとされますが、ヘレースポントスのシビュラと同一人物とする説もあります。

ティーブルのシビュラ: ティーブル（現ティーヴォリ）で女神として崇拝されていました。中世の伝説では、アウグストゥスにキリストの降誕を予言したとされています。彼女の予言は、『メトディウスの予言書』などにも影響を与えました。

シビュラの書とシビュラの託宣

『シビュラの書』は古代ローマで尊重された神託集です。伝説上、ヘレースポントスで作られ、エリュトライ、クーマエを経由してローマに持ち込まれたとされています。カピトーリウムの丘にあったユーピテル神殿に保管され、緊急時などに参照されていました。

『シビュラの託宣』は、『シビュラの書』の名声にあやかって作られた偽作の予言書です。紀元前2世紀以降、ユダヤ教徒、そして後にキリスト教徒によって作成されました。『創世記』や福音書に依拠した部分も多く、本来の『シビュラの書』とは異なる内容です。しかし、多くの教父たちがキリスト教的な預言として引用したため、キリスト教世界においても、シビュラはキリストの降誕を予言した存在として広く認知されるようになりました。

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