テリー・ライリー
テリー・ライリー（Terry Riley）は、1935年6月24日にアメリカ合衆国で生まれた作曲家です。スティーヴ・ライヒやフィリップ・グラスといった同世代の音楽家たちと共に、ミニマル・ミュージックという革新的な潮流を築いた代表的人物の一人として、その名を知られています。
カリフォルニア州コルファックスに生を受けたライリーは、シャスタ・カレッジ、サンフランシスコ州立大学、サンフランシスコ音楽院で学んだ後、カリフォルニア大学バークレー校に進学し、作曲の修士号を取得しました。彼の音楽観に最も大きな影響を与えたのは、インド古典声楽の大家であるパンディット・プラン・ナートです。ラ・モンテ・ヤングやマリアン・ザジーラも彼の門下生でした。ライリー自身も、プラン・ナートに師事する過程で度々インドを訪れ、師の演奏時にはタブラやタンブーラ、声楽による伴奏を務めました。
1960年代には頻繁にヨーロッパ各地を旅行し、ピアノ・バーでの演奏で生計を立てる傍ら、様々な音楽的刺激を受けました。この時期の経験は、後の作品にも影響を与えています。1968年には代表作の一つである「ア・レインボウ・イン・カーヴド・エア」を発表。1971年からはカリフォルニアのミルズ・カレッジで教鞭を執り、インド古典音楽を教授しました。
ライリーの音楽は、異なる長さを持つモード（旋法）を用いた即興演奏を基盤とすることが多く、「インC」や「キーボード・スタディーズ」といった作品でその特徴が顕著に表れています。特に1964年に作曲された「インC」はミニマル・ミュージックの金字塔とされ、このスタイルを一躍世界に知らしめるきっかけとなりました。
「インC」は53個の短い楽想（モジュール）で構成され、各モジュールは1拍程度の長さです。演奏者は任意の人数のアンサンブルで参加でき、ピアノが刻む一定のC音をテンポの基準にしながら、それぞれのモジュールを自由なタイミングで繰り返し演奏します。これにより、多様な組み合わせが生まれ、時間と共に音楽が有機的に変化していくユニークな構造を持っています。
1960年代には「徹夜コンサート」と題したパフォーマンスを精力的に行いました。これは、改造したリードオルガンやテープレコーダーの遅延装置を駆使したサクソフォーンを用い、日没から日の出まで即興演奏を続けるという試みでした。長時間演奏する中で休憩が必要になった際には、テープループを使って演奏断片を繰り返し再生するなど、当時の最先端技術も活用しています。これらのコンサートは観客にも支持され、寝袋やハンモックを持参して参加する人々も現れました。
ライリーは弦楽四重奏団クロノス・クァルテットとの長年にわたる協力関係でも知られ、彼らのために13曲の弦楽四重奏曲を作曲しています。最初の管弦楽曲「ジェイド・パレス」を作曲したのは1991年でした。また、インドのラーガ歌唱やピアノ独奏の分野でも演奏家、教育者として活動しています。
初期にはカールハインツ・シュトックハウゼンの影響も見られますが、ラ・モンテ・ヤングとの出会いが音楽の方向性を大きく変えました。ライリーはヤングがミニマリズムの中心的な発想源であったと語っていますが、ミニマリズムの発展におけるライリー自身の影響力も非常に大きいと評価されています。彼は1960年の弦楽四重奏曲でこの新しいスタイルを初めて試み、続く弦楽三重奏曲で短いフレーズの反復というミニマリズムの中核技法を確立しました。
ライリーの音楽は、スティーヴ・ライヒ、ジョン・ギブソンといったミニマル音楽の演奏家だけでなく、ジョン・クーリッジ・アダムズ、フィリップ・グラスなど数多くの後続世代の音楽家たちに影響を与えました。また、テープループ技法の先駆的な使用や、微分音、純正律への探求も彼の音楽性の重要な側面です。
ロック音楽の世界にもその影響は及び、ザ・フーのギタリスト、ピート・タウンゼントは「ア・レインボウ・イン・カーヴド・エア」からインスピレーションを得て、「ウォント・ゲット・フールド・アゲイン」や「ババ・オライリィ」といった楽曲を制作しました。イギリスのプログレッシブ・ロックバンド、カーヴド・エアは彼の作品名からバンド名を採っています。
2020年2月、同年夏に佐渡島で開催予定だったイベント「さどの島銀河芸術祭」でのコンサート視察のため、ライリーは日本を訪れました。この時期はダイヤモンド・プリンセス号でのクラスター発生など、新型コロナウイルスの感染リスクが懸念されていましたが、彼は「もしウイルスに感染したとしても、それは私のカルマなので心配はいらない」と語る手紙を送るなど、動じない姿勢を見せました。佐渡島での滞在中には、現地の鼓童や鬼太鼓に深い感銘を受けたと述べています。
訪日後にアメリカで新型コロナウイルスの感染が拡大したことを受け、ライリーは日本に留まることを決断。85歳での日本移住という予期せぬ人生の転換点について、「私の仕事や人生観全般において、最も活力に満ち、最も刺激的な時期の一つとなっています」と語っています。
佐渡島での滞在を経て、山梨県北杜市に居住を定めました。以降、毎月神奈川県鎌倉市で弟子の宮本沙羅と共に、少人数制のラーガ教室「KIRANA流派ラーガ教室」を開催し、参加者との交流を深めています。
「さどの島銀河芸術祭」は2020年8月から10月にかけて開催され、ライリーは9月22日に北沢浮遊選鉱場跡でコンサートを実施しました。この公演は予約制で、来場者全員にPCR検査の陰性証明提示を求めるという、日本国内で初めての試みとして注目を集めました。当日のライブ配信は行われず、後日期間限定でアーカイブ映像が公開されました。
近年の活動としては、2022年に久石譲との共演コンサートが発表されましたが、こちらは久石の体調不良により直前に中止となりました。2023年7月には国立音楽大学で『インC』の作曲公開講座を開催し、学生の演奏と自身の指導を披露。同年10月には、日本移住決定前に山梨県で録音されたアルバム「Terry Riley STANDARD(S)AND -Kobuchizawa Sessions #1」をリリースしました。また、同月には「埼玉国際芸術祭2023」のオープニングコンサートや、京都の東本願寺能楽堂での「AMBIENT KYOTO」特別公演を行うなど、日本国内で精力的な演奏活動を展開しています。
インC (In C) (1964)
ア・レインボウ・イン・カーヴド・エア (A Rainbow in Curved Air) (1968)
シュライ・キャメル (Shri Camel) (1980)
ハープ・オブ・ニュー・アルビオン (The Harp of New Albion) (1986)
サルーム・ダンシーズ・フォー・ピース (Salome Dances for Peace)
サン・リングズ (Sun Rings) (クロノス・クァルテットのための作品)
ライリーはかつて、自らの音楽を「ミニマル」と称されることについて、「アカデミックすぎる。自分はむしろ『サイケデリック』と呼ばれたい」と語ったことがあります。これは、彼の音楽が持つ反復構造だけでなく、聴覚や意識に深く作用する側面を重視する姿勢を示していると言えるでしょう。
来歴
カリフォルニア州コルファックスに生を受けたライリーは、シャスタ・カレッジ、サンフランシスコ州立大学、サンフランシスコ音楽院で学んだ後、カリフォルニア大学バークレー校に進学し、作曲の修士号を取得しました。彼の音楽観に最も大きな影響を与えたのは、インド古典声楽の大家であるパンディット・プラン・ナートです。ラ・モンテ・ヤングやマリアン・ザジーラも彼の門下生でした。ライリー自身も、プラン・ナートに師事する過程で度々インドを訪れ、師の演奏時にはタブラやタンブーラ、声楽による伴奏を務めました。
1960年代には頻繁にヨーロッパ各地を旅行し、ピアノ・バーでの演奏で生計を立てる傍ら、様々な音楽的刺激を受けました。この時期の経験は、後の作品にも影響を与えています。1968年には代表作の一つである「ア・レインボウ・イン・カーヴド・エア」を発表。1971年からはカリフォルニアのミルズ・カレッジで教鞭を執り、インド古典音楽を教授しました。
音楽性
ライリーの音楽は、異なる長さを持つモード（旋法）を用いた即興演奏を基盤とすることが多く、「インC」や「キーボード・スタディーズ」といった作品でその特徴が顕著に表れています。特に1964年に作曲された「インC」はミニマル・ミュージックの金字塔とされ、このスタイルを一躍世界に知らしめるきっかけとなりました。
「インC」は53個の短い楽想（モジュール）で構成され、各モジュールは1拍程度の長さです。演奏者は任意の人数のアンサンブルで参加でき、ピアノが刻む一定のC音をテンポの基準にしながら、それぞれのモジュールを自由なタイミングで繰り返し演奏します。これにより、多様な組み合わせが生まれ、時間と共に音楽が有機的に変化していくユニークな構造を持っています。
1960年代には「徹夜コンサート」と題したパフォーマンスを精力的に行いました。これは、改造したリードオルガンやテープレコーダーの遅延装置を駆使したサクソフォーンを用い、日没から日の出まで即興演奏を続けるという試みでした。長時間演奏する中で休憩が必要になった際には、テープループを使って演奏断片を繰り返し再生するなど、当時の最先端技術も活用しています。これらのコンサートは観客にも支持され、寝袋やハンモックを持参して参加する人々も現れました。
ライリーは弦楽四重奏団クロノス・クァルテットとの長年にわたる協力関係でも知られ、彼らのために13曲の弦楽四重奏曲を作曲しています。最初の管弦楽曲「ジェイド・パレス」を作曲したのは1991年でした。また、インドのラーガ歌唱やピアノ独奏の分野でも演奏家、教育者として活動しています。
初期にはカールハインツ・シュトックハウゼンの影響も見られますが、ラ・モンテ・ヤングとの出会いが音楽の方向性を大きく変えました。ライリーはヤングがミニマリズムの中心的な発想源であったと語っていますが、ミニマリズムの発展におけるライリー自身の影響力も非常に大きいと評価されています。彼は1960年の弦楽四重奏曲でこの新しいスタイルを初めて試み、続く弦楽三重奏曲で短いフレーズの反復というミニマリズムの中核技法を確立しました。
ライリーの音楽は、スティーヴ・ライヒ、ジョン・ギブソンといったミニマル音楽の演奏家だけでなく、ジョン・クーリッジ・アダムズ、フィリップ・グラスなど数多くの後続世代の音楽家たちに影響を与えました。また、テープループ技法の先駆的な使用や、微分音、純正律への探求も彼の音楽性の重要な側面です。
ロック音楽の世界にもその影響は及び、ザ・フーのギタリスト、ピート・タウンゼントは「ア・レインボウ・イン・カーヴド・エア」からインスピレーションを得て、「ウォント・ゲット・フールド・アゲイン」や「ババ・オライリィ」といった楽曲を制作しました。イギリスのプログレッシブ・ロックバンド、カーヴド・エアは彼の作品名からバンド名を採っています。
日本への移住と活動
2020年2月、同年夏に佐渡島で開催予定だったイベント「さどの島銀河芸術祭」でのコンサート視察のため、ライリーは日本を訪れました。この時期はダイヤモンド・プリンセス号でのクラスター発生など、新型コロナウイルスの感染リスクが懸念されていましたが、彼は「もしウイルスに感染したとしても、それは私のカルマなので心配はいらない」と語る手紙を送るなど、動じない姿勢を見せました。佐渡島での滞在中には、現地の鼓童や鬼太鼓に深い感銘を受けたと述べています。
訪日後にアメリカで新型コロナウイルスの感染が拡大したことを受け、ライリーは日本に留まることを決断。85歳での日本移住という予期せぬ人生の転換点について、「私の仕事や人生観全般において、最も活力に満ち、最も刺激的な時期の一つとなっています」と語っています。
佐渡島での滞在を経て、山梨県北杜市に居住を定めました。以降、毎月神奈川県鎌倉市で弟子の宮本沙羅と共に、少人数制のラーガ教室「KIRANA流派ラーガ教室」を開催し、参加者との交流を深めています。
「さどの島銀河芸術祭」は2020年8月から10月にかけて開催され、ライリーは9月22日に北沢浮遊選鉱場跡でコンサートを実施しました。この公演は予約制で、来場者全員にPCR検査の陰性証明提示を求めるという、日本国内で初めての試みとして注目を集めました。当日のライブ配信は行われず、後日期間限定でアーカイブ映像が公開されました。
近年の活動としては、2022年に久石譲との共演コンサートが発表されましたが、こちらは久石の体調不良により直前に中止となりました。2023年7月には国立音楽大学で『インC』の作曲公開講座を開催し、学生の演奏と自身の指導を披露。同年10月には、日本移住決定前に山梨県で録音されたアルバム「Terry Riley STANDARD(S)AND -Kobuchizawa Sessions #1」をリリースしました。また、同月には「埼玉国際芸術祭2023」のオープニングコンサートや、京都の東本願寺能楽堂での「AMBIENT KYOTO」特別公演を行うなど、日本国内で精力的な演奏活動を展開しています。
代表作
インC (In C) (1964)
ア・レインボウ・イン・カーヴド・エア (A Rainbow in Curved Air) (1968)
シュライ・キャメル (Shri Camel) (1980)
ハープ・オブ・ニュー・アルビオン (The Harp of New Albion) (1986)
サルーム・ダンシーズ・フォー・ピース (Salome Dances for Peace)
サン・リングズ (Sun Rings) (クロノス・クァルテットのための作品)
ライリーはかつて、自らの音楽を「ミニマル」と称されることについて、「アカデミックすぎる。自分はむしろ『サイケデリック』と呼ばれたい」と語ったことがあります。これは、彼の音楽が持つ反復構造だけでなく、聴覚や意識に深く作用する側面を重視する姿勢を示していると言えるでしょう。
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