中井久夫

中井久夫（なかい ひさお）は、1934年1月16日に生まれ、2022年8月8日に88歳で亡くなった日本の医学者であり、著名な精神科医です。精神病理学と病跡学を専門とし、神戸大学名誉[[教授]]の称号を持ちます。京都大学で医学博士号を取得後、統合失調症の治療研究、風景構成法の考案、PTSDの研究・紹介など、多岐にわたる分野で顕著な功績を残しました。また、文学にも造詣が深く、詩の翻訳やエッセイを執筆し、文筆家としても知られています。

生涯

奈良県天理市で生まれ、兵庫県宝塚市、伊丹市で育ちました。京都大学法学部に入学後、結核のため休学、その後医学部に転部し、1959年に卒業しました。大阪大学医学部附属病院でのインターンを経て、京都大学ウイルス研究所助手、東京大学伝染病研究所流動研究員などを歴任しました。

1967年からは医療法人社団青山会青木病院の常勤医となり、1971年には東京大学医学部附属病院分院助手、後に講師を務めました。1975年には名古屋市立大学医学部神経精神科助[[教授]]となり、1980年には神戸大学医学部精神神経科主任教授に就任しました。1997年に神戸大学を退官した後、甲南大学文学部人間科学科教授を務め、2004年に退職しました。その後、兵庫県こころのケアセンター長を務め、2013年には文化功労者に選出されました。

2022年8月8日、肺炎のため神戸市内の介護施設で死去。没後、従四位に叙され、瑞宝中綬章を追贈されました。

業績

中井久夫は、日本の精神病理学第二世代を代表する一人であり、統合失調症の治療研究において重要な役割を果たしました。

風景構成法

1969年に考案した風景構成法は、心理療法においてクライエントの心理状態を理解する有効なツールとして広く用いられています。この方法は、ロールシャッハテストのような侵襲性の高い手法とは異なり、クライエントの現況を推察することができます。また、精神分析家のマーガレット・ナウムブルグのなぐり描き法や、児童精神科医ドナルド・ウィニコットのスクイグルを日本に紹介し、日本における心理療法の発展に貢献しました。

統合失調症

中井久夫は、統合失調症（精神分裂病）に関する理論研究においても高い評価を得ており、アメリカの精神科医ハリー・スタック・サリヴァンの理論を導入し、日本の臨床現場に広く浸透させました。また、「関与しながらの観察」という臨床家に対する重要な提言を行いました。

PTSD

阪神・淡路大震災での被災者への心のケア活動をきっかけに、PTSD（心的外傷後ストレス障害）の研究・紹介にも尽力しました。米国の精神科医ジュディス・ハーマンの著書『心的外傷と回復』を翻訳し、PTSDの理解と治療に大きく貢献しました。さらに、看護師向けの精神医学書『看護のための精神医学』を著し、精神科医療に関わる看護師の教育にも力を入れました。

文学

中井久夫は、ラテン語、現代ギリシャ語、オランダ語などの語学に堪能であり、その知識を活かして詩の翻訳やエッセイを執筆しました。特に、ギリシャの詩人カヴァフィスの全詩集の翻訳により、読売文学賞を受賞しました。また、歴史や哲学にも造詣が深く、『治療文化論』や『西欧精神医学背景史』などの著作を通じて、その深い知識と洞察を示しました。無類の軍艦好きでもあり、幼少期から『ジェーン海軍年鑑』を読んでいたというエピソードからも、彼の幅広い関心がうかがえます。

受賞歴

1985年、芸術療法学会賞
1989年、読売文学賞（『カヴァフィス全詩集』翻訳）
1991年、ギリシャ国文学翻訳賞
1996年、毎日出版文化賞（『家族の深淵』）
2013年、文化功労者

主な著書

『精神科治療の覚書』
『分裂病と人類』
『治療文化論』
『記憶の肖像』
『家族の深淵』
『西欧精神医学背景史』
『「昭和」を送る』

翻訳

『現代精神医学の概念』H.S.サリヴァン
『カヴァフィス全詩集』
『心的外傷と回復』ジュディス・ハーマン

中井久夫は、精神医学、文学、歴史など幅広い分野で多大な足跡を残した、日本の知性を代表する人物の一人です。

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