写研

株式会社写研：写真植字のパイオニアとその軌跡

株式会社写研は、東京都豊島区に本社を置く、写真植字機および専用組版システムの製造・開発、そして独自の書体の制作・販売を手がけていた企業です。その歴史は、写真植字機の実用化を目指した石井茂吉と森澤信夫が1926年に設立した写真植字機研究所に遡ります。1929年には最初の実用機を販売し、戦後の高度成長期には写真植字の普及を牽引しました。

写真植字の隆盛と写研の成長

写研は、1960年代から1980年代にかけて写真植字のトップメーカーとして君臨しました。特に、1963年に石井茂吉が亡くなった後、その三女である石井裕子氏が社長に就任し、半世紀以上にわたりワンマン経営を続けました。最盛期には、関東で8割、関西で6割の書体占有率を誇り、手動写植機が1台1000万円、電算写植機に至っては数千万円から1億円を超える価格で販売され、年商は300億円を超える大手企業へと成長しました。

DTPの普及と写研の衰退

しかし、1990年代に入り、Macintoshを基盤としたDTP（デスクトップパブリッシング）が低コストで普及すると、写研は独自の電算写植システムに固執し、DTPへの移行を拒みました。その結果、業績は急激に悪化。かつての利益を内部留保として蓄えていたものの、2003年以降、事業規模を大幅に縮小することとなりました。この時期、写研は、印字1文字ごとに使用料を徴収する従量課金制や、高額な自社製機器販売による収益モデルに固執し、DTPへの対応を怠ったことが、衰退の大きな要因となりました。

著名な書体デザイナーの輩出

写研は、数多くの書体デザイナーを輩出したことでも知られています。活字メーカー出身の橋本和夫氏は、30年以上にわたり写研の書体制作を監修し、その後、イワタを国内有数のデジタルフォントベンダーに育て上げました。また、「スーボ」を生み出した鈴木勉氏は、後に字游工房を設立し、「ヒラギノ明朝体」などの名作を世に送り出しました。他にも、今田欣一氏や小林章氏など、現代のデジタルフォント環境に貢献するデザイナーたちが写研から巣立っています。

写研の歴史

創業期

写研の歴史は、1926年、石井茂吉と森澤信夫によって設立された写真植字機研究所から始まりました。1929年には最初の実用機を販売。その後、1948年に森澤が独立し、モリサワを設立。しかし、写研は高度成長期の印刷需要の高まりとともに、写真植字機メーカーとしての地位を確立しました。

1970年代：電算写植の普及

1970年代には、コンピュータ制御による電算写植が登場し、写研は「SAPTON」システムを開発。新聞社や出版社、印刷会社を中心に普及しました。しかし、地方の印刷会社にとっては高額な設備投資が必要となり、複数社で共同購入する「電算写植協同組合」が設立されるほどでした。

1980年代～1990年代：DTPとの対立

1980年代、アドビシステムズ（現アドビ）が日本語PostScriptフォントの開発を進める際、写研は提携を拒否。アドビはモリサワと提携し、DTPが普及するきっかけを作りました。写研は、1文字ごとの課金制や高額な電算写植機販売により売上を伸ばしましたが、DTPの普及とともに業績は悪化。1992年からは粉飾決算を行い、実態を隠蔽していました。

書体制作部門の混乱

1980年代後半には、社長のワンマン経営が強化され、書体制作部門の主力デザイナーたちが相次いで退社。これにより、写研の書体制作体制は大きく混乱しました。また、デジタル化への対応が遅れたことも、その後の衰退に影響を与えました。

巨額の所得隠しと粉飾

1999年には、巨額の所得隠しと粉飾決算が発覚。裏金として蓄えられていた85億円の現金と25億円の割引金融債が見つかりました。これにより、写研の企業イメージは大きく損なわれました。

2000年以降：事業縮小と終焉

2000年には最後の新書体となる「本蘭ゴシックファミリー」を発表。しかし、売上は減少を続け、2003年には大規模な人員削減を実施。事業規模は零細企業並みに縮小しました。その後も事業展開は行われず、最盛期に蓄えた巨額の内部留保を温存したまま、2018年に社長の石井裕子が亡くなりました。

2018年以降：新たな展開

石井裕子氏の死後、写研は資産の処分を開始し、旧工場跡地は物流施設や商業施設に転用されました。また、2021年にはモリサワとの共同事業として、写研書体のOpenTypeフォント開発に着手。2024年にはクラウド型フォントサービス「Morisawa Fonts」で、写研の代表的な書体が提供開始されました。

写研の製品

写研は、「美しい組版には文字と組版機器・ソフトウェアが不可分」という考えのもと、両者を抱き合わせた形態でのみ製品を販売しました。

タショニムコード

写研のシステムでは、書体を「MMAOKL」「MNAG」などのタショニムコードで管理しました。これは、書体の種類、太さ、仮名のスタイルなどを組み合わせた記号で、直感的に把握しやすいものでした。

デジタルフォント

電算写植では、当初ビットマップフォントが使用されていましたが、1983年にはアウトラインフォント（Cフォント）が導入されました。独自のSKコードで管理され、約2万字を包括しました。1993年にはタショニムコードで直接書体を指定できる「タショニムシステム」が登場し、同システムに対応するアウトラインフォントを「タショニムフォント」と呼称しました。

SAPCOL

写研の電算写植機では、SAPCOLというページ記述言語を用いていました。日本語組版に最適化されており、複雑な組版規則にも対応できました。DTPで主流のPostScriptとは異なり、ファンクションコードというコマンド文字で組版情報を設定するマークアップ方式でした。

システムの独自性

写研のシステムは、ほとんどが独自仕様であり、DTPシステムとの互換性がありませんでした。そのため、DTPで組版したデータを写研の出力機で印字するためのコンバータソフトウェアが開発されました。

手動写植機

写研は、数多くの手動写植機を開発しました。「石井式写真植字機」から始まり、「SPICA型」「PAVO型」など、様々な機種が存在しました。それぞれの機種に特徴があり、印刷業界の組版を支えました。

電算写植機

電算写植機は、「SAPTON」シリーズ、「SAPTRON」シリーズ、「SAPLS」シリーズなどがありました。特に「SAPTRON-APS5H」は、当時としては画期的な高速印字を実現し、写研の技術力を象徴する製品でした。

SAIVERTシリーズ

SAIVERTシリーズは、レイアウトターミナルであり、WYSIWYG（見たまま印刷）に近い環境で組版作業を可能にしました。

SAMPRAS、Singis

SAMPRASはWYSIWYGレイアウトアプリケーション、Singisは写研の最終機種となる組版システムでした。

TELOMAIYER

TELOMAIYERは放送用電子テロップ送出装置でした。

写研の書体

写研は、自社製品に対応する書体を、ほとんど自社で設計・開発しました。活字に比べ、写植文字盤は1書体あたりの専有面積が少ないため、積極的に新書体を開発しました。1969年には石井賞創作タイプフェイスコンテストを設け、ゴナやスーボ、ナールなどのユニークな書体を発表しました。代表的な書体には、石井太ゴシック、石井楷書、石井明朝、ゴナ、スーボ、ナールなどがあります。

写研書体のOpenTypeフォント化

2011年、写研はOpenTypeフォント化を表明しましたが、元データの問題から商品化には至りませんでした。しかし、2021年にモリサワとの共同事業としてOpenTypeフォントの開発が再開され、2024年から「Morisawa Fonts」で写研書体の提供が開始されました。これにより、写研の書体が現代のデジタル環境で利用可能になりました。

自社公式サイトの開設

2021年、写研は長らく存在しなかった公式サイトを開設し、自社書体や歴史を紹介する「写研アーカイブ」を公開しました。これにより、写研の歴史と遺産が広く知られることとなりました。

まとめ

株式会社写研は、写真植字の黎明期から隆盛期を牽引した企業です。独自の技術と書体開発で印刷業界に大きな影響を与えましたが、DTPへの対応の遅れや経営方針の失敗により衰退しました。しかし、その書体は今も多くのデザイナーに愛され、モリサワとの共同事業によって現代に蘇りました。写研の歴史は、技術革新と経営戦略の重要性を物語る、貴重な教訓を与えてくれます。

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