千手の前

千手（せんじゅ）

千手は、平安時代末期に生きた女性で、その生涯は『平家物語』に彩られています。永万元年（1165年）に生まれ、文治4年（1188年）4月25日に24歳という若さでこの世を去りました。

生涯

『平家物語』によれば、千手は駿河国手越長者の娘とされていますが、物語の脚色も多く、実在については議論の余地があります。史実として確かなのは、彼女が源頼朝の官女となり、後に北条政子付きの女房として仕えたということです。

千手は温和な性格で、周囲からの信頼も厚かったと伝えられています。

寿永3年（1184年）3月27日、一ノ谷の戦いで捕虜となった平重衡が伊豆国府に到着します。重衡は平清盛の五男であり、正三位中将の位を持つ貴人でした。しかし、治承4年（1180年）には南都焼討の指揮を執り、興福寺や東大寺を焼き尽くした人物でもありました。

翌日、頼朝は重衡と対面し、平氏を倒せた喜びを語りました。重衡はこれに対し、「源平は共に朝廷を守護する者であった。しかし、近年は平家のみが朝廷を守護し、栄華を極めたが、今は運尽きた。武士である以上、敵に捕らえられ命を落とすのは恥ではない」と堂々と語ったと言われています。この重衡の態度に感銘を受けた頼朝は、彼を丁重に扱い、狩野宗茂に預けることにしました。

4月8日、重衡は鎌倉に移され、御所内に一室を与えられます。そして、4月20日には、頼朝の計らいで、重衡を慰めるための宴が催されました。藤原邦通、工藤祐経、そして官女の千手が宴に呼ばれました。祐経が鼓を打ち、千手が琵琶を弾き、重衡が横笛を吹いて、雅楽「五常楽」を奏でました。重衡は自嘲気味に「自分は解官された身だから、後生楽というのだ」と洒落ました。また、「皇しょう急」を吹くと「往生急（死を急ぐ）のだ」と興じました。夜が更けて、千手たちが帰ろうとすると、重衡は引き留め、盃を進めさせました。漢楚の故事を引用し、「燭が暗くなるのは虞美人の涙、夜が更けるのは四面楚歌の声さ」と語り、その教養の深さを示しました。

翌日、邦道は頼朝に宴の様子を報告し、「芸能、言動ともにとても優れていた」と伝えました。頼朝は宴に同席しなかったことを後悔し、千手を重衡のもとに遣わせ、祐経には「田舎の女も良いものだ」と伝えさせました。こうして、千手は重衡の世話をするようになったとされています。

しかし、重衡と千手の生活は長くは続きませんでした。壇ノ浦の戦いで平家が滅亡した後、元暦2年（1185年）6月9日、重衡は南都大衆の強い要求により鎌倉を去り、同月23日に木津川で斬首されました。

重衡が亡くなった3年後の文治4年（1188年）4月22日、政子の女房として仕えていた千手が失神し、一時的に蘇生したものの、3日後の25日に24歳で亡くなりました。鎌倉の人々は、千手が重衡を深く恋慕し、その悲しみが病の原因になったのだろうと噂したと『吾妻鏡』には記されています。

『平家物語』では、千手は出家して信濃国善光寺に入り、重衡の菩提を弔ったとされています。この重衡と千手の悲恋は物語の一節となり、能の演目『千手』にも影響を与えています。

また、静岡市駿河区手越の少将井神社には、千手の像が祀られています。

関連項目

平重衡
平家物語
* 夢語りシリーズ

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