悪魔を憐れむ歌

ローリング・ストーンズ「悪魔を憐れむ歌」：歴史、解釈、そして影響

1968年発表のローリング・ストーンズの楽曲「悪魔を憐れむ歌」(Sympathy for the Devil)は、ロック史に燦然と輝く名曲にして、物議を醸した問題作です。サンバのリズムを基調としたそのサウンド、歴史的事件を引用した挑発的な歌詞、そしてサタニズムとの関連性など、様々な角度から考察することができます。本稿では、楽曲の制作過程から、その後の歴史的影響、解釈の多様性までを詳述します。

制作：サンバのリズムと歴史の影

キース・リチャーズのアイデアにより、フォーク調からサンバへと変更された楽曲アレンジは、ミック・ジャガーの言葉を借りれば「原始アフリカやラテンアメリカのリズムのような惑乱的なグルーヴ」を特徴とします。このリズムは、ミハイル・ブルガーコフの小説『巨匠とマルガリータ』からの強い影響を受けて書かれた歌詞と相まって、独特の不穏な雰囲気を醸し出しています。

歌詞は、イエス・キリストの処刑から、ロシア革命、第二次世界大戦、ケネディ兄弟暗殺まで、歴史上の出来事を悪魔の視点から語りかけるという大胆な構成です。ミック・ジャガーは、単なる悪魔崇拝ではなく、歴史の暗部、人間の愚行をテーマとしていたと主張していますが、その解釈は多岐に渡ります。楽曲冒頭の一人称と小説の三人称という違いはあれど、どちらも突然の話しかけから始まるという類似点も見逃せません。

レコーディングは、オリンピック・スタジオで行われ、キース・リチャーズのギター、ニッキー・ホプキンスのピアノ、そしてジミー・ミラーの発案による「Woo woo」のコーラスワークが楽曲に深みを与えています。キースはベースも演奏し、当初ビル・ワイマンが演奏していたベースパートを自ら担当することになった経緯も、レコーディングの主導権がキースに集中していたことを示唆するエピソードです。

解釈の多様性：悪魔の役割と時代の反映

歌詞の解釈は様々です。悪魔は歴史の傍観者なのか、それとも歴史を操る黒幕なのか。小説『巨匠とマルガリータ』における悪魔ヴォランドと「悪魔を憐れむ歌」の悪魔は、役割において相違が見られます。ヴォランドは事件の黒幕として描かれているのに対し、この楽曲の悪魔の関与の程度は曖昧であり、様々な解釈が可能です。

一方で、この楽曲は、ベトナム戦争や五月革命といった1960年代後半の社会情勢を背景に、人間の愚行と反体制的な思想を表現したという解釈もあります。サンバというリズム、悪魔という比喩を通して、時代の混沌とした状況と人間の闇を風刺的に表現している、と捉えることもできるでしょう。ミック・ジャガー自身は、この楽曲の登場人物は善悪両面を含む歴史の長さを象徴していると述べています。

サタニズム論争とオルタモントの悲劇

発表当時、「Sympathy for the Devil」というタイトルと歌詞の内容から、ローリング・ストーンズは悪魔崇拝者であるという非難が巻き起こりました。ミック・ジャガーは、この批判に困惑しながらも、楽曲は悪魔崇拝ではなく、歴史の暗部への着目だと反論しました。しかし、この論争は、1969年のオルタモント・フリーコンサートでの悲劇と結びつき、バンドのイメージに大きな影響を与えます。

オルタモントの悲劇で観客が殺害された際、誤って「悪魔を憐れむ歌」が演奏中だったと報道されたことも、この楽曲にまつわる誤解を助長しました。実際には「アンダー・マイ・サム」が演奏中でしたが、この誤報は楽曲の悪魔的なイメージを更に強めました。この事件をきっかけに、ローリング・ストーンズはしばらくの間「悪魔を憐れむ歌」の演奏を控えます。

カバー、映画、そしてレガシー

「悪魔を憐れむ歌」は、多くのミュージシャンによってカバーされ、様々なアレンジが施されてきました。ジェーンズ・アディクション、ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ、ガンズ・アンド・ローゼズなど、多くのアーティストが独自の解釈でこの楽曲に挑んでいます。ガンズ・アンド・ローゼズのカバーは、バンドの分裂を引き起こしたという逸話も残っています。

ジャン＝リュック・ゴダール監督の映画『ワン・プラス・ワン/悪魔を憐れむ歌』は、ローリング・ストーンズのレコーディング風景を捉えた貴重なドキュメンタリーとなっています。この映画は、楽曲の制作過程やバンド内部の状況を垣間見ることができる貴重な資料であり、ブライアン・ジョーンズのバンドからの脱退の様子も収められています。

「悪魔を憐れむ歌」は、そのサウンド、歌詞、そして歴史的背景など、多くの要素が絡み合った複雑で魅力的な楽曲です。その解釈は多様であり、聴く者によって様々な印象を与え続ける、まさにロック史に残る名曲と言えるでしょう。邦題についても、その語感の適切さに関して議論がなされています。

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