感染管理

感染管理（医療疫学）とは

感染管理、または医療疫学とは、医療施設内での感染症の流行を予防するための実践的な取り組みです。これは、単に知識を学ぶだけでなく、実際の行動を通じて感染症の広がりを抑えることを目指す、疫学の一分野です。公衆衛生と共通する点も多いですが、感染管理は特定の医療機関やそのグループ内に限られた問題を扱う点が特徴です。

感染対策活動、感染予防管理活動、感染制御活動とも呼ばれ、病院の基本的な医療安全管理体制の一つとして、感染制御チームを中心に様々な職種の職員が協力して行われます。

感染管理の二つの側面

感染管理は大きく分けて二つの側面からアプローチします。

予防活動

これは、感染症の発生を未然に防ぐための活動です。具体的には、手洗い、清掃、消毒、滅菌、予防接種、そして感染状況の監視などが含まれます。

流行対策

特定の医療機関内で感染症の流行が発生した場合、またはその疑いがある場合に実施される活動です。これには、原因の調査や感染拡大を防ぐための対策が含まれます。集団感染が発生した際の対応も、この一環です。

医療機関における感染管理

感染状況の監視

感染監視（サーベイランス）とは、日常的に施設内での感染症の発生状況を把握する活動です。感染症の種類や発生件数などを継続的に記録し、分析することで、感染管理対策の効果を評価し、改善点を見つけ出すことができます。施設間や地域間での比較を容易にするため、血流感染症、尿路感染症、院内肺炎、人工呼吸器関連肺炎、術後感染症など、主な院内感染症の定義には、米国院内感染サーベイランスシステム（NNIS）の基準が用いられます。

感染制御チームのメンバーは、患者カルテの調査や患者の直接診察を通して、感染症に特有の症状や兆候の有無を確認し、データを収集します。また、細菌検査室からのデータも重要な情報源となります。近年では、細菌検査室データの自動化や電子カルテ化が進み、スタッフは臨床的なデータ収集により多くの時間を費やすことが可能になっています。

院内感染の約1/3は予防可能とされており、感染監視と予防活動は、病院職員にとっても重要な業務となっています。CDCの院内感染管理プロジェクト（SENIC）によれば、感染監視活動と予防活動を重点的に行うことで、院内感染の発症率を約32％減少させることができたと報告されています。

感染拡大の予防

院内感染の拡大を防ぎ、医療従事者自身を感染から守るためには、各病原体の感染経路に応じた対策を立て、手順を周知することが重要です。

手洗いを中心とした標準予防策

医療従事者の手と院内感染の関連性は、19世紀にゼンメルワイスやホームズの研究により示されました。これを受けて、CDCは「病原体の拡散を防ぐのに最も重要な方法は有効な手洗いである」と報告しています。

手洗いは、ほとんどの医療機関で義務付けられており、米国では様々な自治体や地方自治体によっても義務付けられています。労働安全衛生庁（OSHA）の基準では、いつでも使える手洗い設備の設置を雇用者に義務付け、従業員が血液やその他の感染の恐れのある物質に触れた場合に、手やその他の皮膚を石鹸と水で洗ったり、粘膜を流水で洗えるようにする必要があります。

日本では、国立大学付属病院感染対策協議会による「国立大学病院院内感染対策ガイドライン」などの指針が策定されています。

標準予防策の具体的な内容

患者の血液、体液、分泌物、排泄物、損傷皮膚、粘膜に触れる前後での手洗いと手袋着用を推奨。
手技に応じて、マスク、ゴーグル、フェイスシールド、ガウンの使用。
注射針やメスなどの鋭利な器具による刺傷・切傷を避けるためのリキャップ禁止、使用直後の安全な廃棄のための医療廃棄物容器の適切な配置、安全装置付き注射針の採用。
床や壁など環境表面の汚染時には手袋を着用し、ペーパータオルと消毒薬で清拭消毒。
汚染されたリネンは、洗浄まで周囲への汚染を防ぐために適切に保管。
血液で身辺を汚染する可能性のある患者は個室に収容。

隔離予防策

原因となる病原体が特定されている場合は、感染経路に応じて適切な隔離予防策を講じます。

空気（飛沫核）感染隔離

医療従事者はN95マスクを着用。
患者の個室、手術室、気管支鏡検査室、呼吸機能検査室では、1時間に6回以上の強制換気により陰圧を保つ。
院外へはHEPAフィルターを介して排気。
構造上不可能な場合には、ポータブルのHEPAフィルター内蔵空気清浄機を代用し、12回換気を行う。
患者移送のため公共エリアを通過する際には、外科用マスクを着用、または気管内挿管の際には呼気フィルタを装着。

飛沫感染隔離

患者から半径1m以内での活動には外科用マスクを装着。
個室隔離・集団隔離の際には、ベッドを2mずつ離して配置。
患者移送のため公共エリアを通過する際には、外科用マスクを着用。

接触感染隔離

患者や汚染表面への接触前後に手洗い・手袋着用。
全身で患者や汚染表面に接触する可能性がある場合は、ガウン着用。
個室内で使用する医療器具は、なるべく専用とする。

清掃・消毒・滅菌

患者の手が触れる病室や共用エリアの接触表面は、日常的な清拭により清掃。
手が触れない壁や床は1日1回の清掃。
MRSAやVRE、クロストリジウム・ディフィシレ保菌者の接触する領域では、4級アンモニウム塩やアルコールを用いた清拭により日常的に消毒を行う。
再利用可能な医療器具の消毒・滅菌には、それぞれ想定される病原体に応じた適切な方法を選択する。

個人用保護具

個人用保護具（PPE）は、医療従事者が危険から身を守るために身につける衣類や器具です。医療現場での危険とは、ウイルス性肝炎やHIVなどの病原体を含む可能性のある血液、唾液、その他の体液やエアロゾルへの曝露を指します。PPEは、これらの感染性物質と医療従事者の間に物理的なバリアを作り、曝露を防ぐことを目的とします。

米国では、OSHAの基準により、血液その他の感染性物質への曝露が十分に予想される場合、医療従事者に防護具の着用を求めています。

防護具には、医療用手袋、医療用ガウン、帽子、靴カバー、顔面シールド、（口対口呼吸用の）マスク、ゴーグル、外科用マスクなどがあります。どのような組み合わせでどのように使用するかは、通常、医療機関ごとに定められた規則によって決定されます。ほとんどの器具は使い捨てで、感染性物質に曝露した現場を去るときには、直ちに防護具を外して消毒または廃棄する必要があります。

医療従事者への予防接種

作業中に感染症に曝露される可能性のある医療従事者は、ワクチンを活用して感染から身を守ることができます。一般的に用いられるのは、B型肝炎、インフルエンザ、三種混合（麻疹、水痘、風疹）、新三種混合（ジフテリア、破傷風、百日咳）、髄膜炎菌、帯状疱疹ウイルスなどのワクチンです。これらのワクチン接種は、施設の規則や推奨、職種、個人の希望などに応じて行われます。ワクチンの予防効果は完全ではなく、副作用が見られる場合もあるため、十分な情報を元に接種の判断を行うべきです。

感染症流行時の調査

感染監視により、感染症の発症率が通常よりも高いことに気付いた場合、感染管理チームは調査を行います。この調査では、(1)それが本当の感染流行なのか、(2)細菌検査プロセスの汚染による偽の流行なのか、(3)通常の発症率がたまたまランダムに上昇しただけなのか、を判断します。もし(1)の場合には、流行の原因となった要因を追究し、その要因を排除します。通常、手順が守られていないことが原因であることが多いですが、建設工事など他の要因が関与していることもあります。

感染管理と医療疫学の研修制度

感染管理を専門とする人材を育成するための教育制度も整備されています。多くの場合、看護師、臨床検査技師（特に臨床微生物検査）、医師（感染症科医）が専門職として活躍しています。専門的な研修コースは、各種職能団体によって提供されています。医師の場合、感染症科での臨床研修を経験することが一般的です。

米国では、米国感染管理疫学認定機関（CBIC）が、医療従事者の職業的背景と実務経験を審査し、標準化された学科試験により知識レベルをチェックした上で、感染管理担当者に免許を付与しています。出願には2年間の活動経験が必要で、5年ごとに資格更新が必要です。

また、米国では、CDCと米国医療疫学会（SHEA）の合同で、病院疫学のコースが毎年開催されているほか、感染制御実践者協会（APIC）のコースもあります。

感染制御チームと感染制御委員会

感染制御チームは、医療機関における実働部隊であり、感染制御委員会は感染制御チームを管理する立場にあります。

感染管理専門職

感染症専門医
インフェクションコントロールドクター（ICD）
感染管理看護師（感染症対策看護師）（ICN）
感染制御専門薬剤師（ICPH）
感染制御認定臨床微生物検査技師（ICMT）
滅菌技士（第一種・第二種）
医療環境管理士

外部リンク

感染制御実践者協会（Association for Professionals in Infection Control and Epidemiology, APIC）
米国医療疫学会（The Society for Healthcare Epidemiology of America, SHEA）

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