杉田梅林

杉田梅林：歴史と再興への道のり

杉田梅林は、神奈川県横浜市磯子区杉田周辺に位置していた、かつて梅の名所として知られた場所です。その歴史は安土桃山時代に遡り、領主が住民に梅の木の植樹を奨励したことに始まります。江戸時代から明治時代にかけては、多くの観光客が訪れる人気の観光地として賑わいました。

歴史

杉田の地は、海と山に挟まれた地形のため、平地が少なく、土地も作物の栽培には不向きでした。そのような環境の中、天正年間（1573年～1593年）に、当時の領主であった間宮信繁が、戦陣で使う梅の実を確保するために、領民に梅の栽培を推奨しました。これが杉田梅林の始まりとされています。

元禄年間（1688年～1704年）には、約36,000本もの梅の木が栽培され、寛政（1789年～1801年）から享和（1801年から1804年）の頃には、近隣の森・森中原・根岸・滝頭・富岡といった村々にもその栽培が広がりました。文化（1804年～1818年）や文政（1818年～1831年）の時代には、年間400石もの梅の実が収穫され、梅干しを運ぶための朱印船が杉田の浜から出航していたと記録されています。

当時栽培されていた梅の品種は、浪花、薄紅梅、種割、青梅、豊後、五良左衛門など多岐にわたりました。1807年（文化4年）には、佐藤一斎の『杉田村観梅記』や清水浜臣の『杉田日記』によって、杉田の梅の評判は広く知られるようになりました。歌川広重の浮世絵『不二三十六景』の中の「本牧のはな」にも、杉田の梅林が描かれています。また、開花時期には東京湾を航行する船が、観音崎沖にまで来ると梅の香りが感じられたという逸話も残っています。

杉田梅林の観梅の中心地は、妙法寺でした。境内には、照水梅、養老梅、双竜梅といった名木や古木が存在し、多くの人々を魅了しました。江戸から訪れる観光客は、東海道の程ヶ谷宿から金沢道に入り、森や栗木を経由して杉田梅林を訪れていました。金沢八景といった名所と合わせて観光を楽しむ人も多かったようです。

当時の屏風浦は断崖であったため、海沿いの道は整備されておらず、観光客は八幡橋や東橋から船を利用していました。妙法寺の周辺や、妙観寺山（杉田八幡宮の裏山）には茶屋が開かれ、ゆで卵やアサリ、酒などが販売されていました。文化年間には、荒井源左衛門が考案した、梅の花びらの塩漬けを米と一緒に炊き込んだ「梅花飯」が名物となり、土産物としては、梅干しや梅びしお、甘露梅などが売られていました。

1884年（明治17年）には、英照皇太后と昭憲皇太后が観梅のために妙法寺を訪れ、珠簾梅を「照水梅」と改名しました。1886年（明治19年）に再び訪れた際には、別の古木を「珠簾梅」と名付け、元の名前が復活しました。

明治時代の中頃になると、塩害や樹木の老衰により、杉田梅林は徐々に衰退していきました。しかし、地元の人々は梅林の再興を試み、1895年（明治28年）には妙法寺の住職が中心となり、杉田保勝会を結成して樹木の保護や復旧活動を行いました。1911年（明治44年）からは、芦名金之助らが中心となり、梅の木の保存や移植、観梅客のための道路整備などが行われました。

1913年（大正2年）には、妙法寺から妙観寺山にかけて杉田公園として整備され、1925年（大正14年）には横浜市電が聖天橋まで開通し、1927年（昭和2年）には杉田まで延伸したことで交通の便も大きく改善しました。1935年（昭和10年）には、横浜市の定期観光バスのコースにも組み込まれるなど、杉田梅林は再び脚光を浴びました。

しかし、1953年には、屏風ヶ浦広報委員会が妙法寺境内の300本の梅の木を中心とした再興を試みたものの、時代の流れは宅地造成へと向かっていき、梅林の規模は縮小していきました。

現在の杉田梅林

現在、妙法寺の山門前には、当時植えられた梅の木がわずかに残っており、境内には「照水梅」の二代目の木が残っています。1880年（明治13年）には、神奈川県小田原市の穂坂銀太郎が五良左衛門の苗木を持ち込んだことから、曽我梅林では杉田梅として現在も栽培されています。妙法寺の裏山では、曽我梅林から運んだ杉田梅の枝を接ぎ木し、100本の梅の木が植えられています。これらの木が成長したら、妙法寺境内に移植する計画が進められています。

また、杉田梅を使って地元住民が作った梅干しや梅酢は、らびすた新杉田などの店舗で購入することができます。収穫された杉田梅で作られた梅干しは、2019年に「磯子の逸品」に選ばれ、翌2020年には横浜市のふるさと納税の返礼品にも採用されました。

1960年（昭和35年）に、横浜市立杉田小学校から分離して新設された横浜市立梅林小学校は、地域住民の「杉田梅林」の名前を残したいという思いから、校名に「梅林」の二文字が使われました。敷地の外周には50本の梅の木が植えられており、梅林小学校の隣接地には「杉田梅林ふれあい公園」が整備され、8本の梅の木が植えられています。

その他にも、新杉田駅と杉田の丘陵地の住宅街を結ぶ横浜市営バスには「杉田梅林」の停留所があり、京急本線杉田駅の駅ビル「プララ杉田」の名称も、プラム（梅）に由来しています。

このように、杉田梅林は過去の栄華を失いつつあるものの、地域住民の努力によって、その名残をとどめ、再びその歴史を繋いでいく試みが続けられています。

もう一度検索