横浜公園平和野球場

横浜公園平和野球場（よこはまこうえんへいわやきゅうじょう）は、現在の横浜スタジアムが建つ神奈川県横浜市中区の横浜公園内に、かつて存在した球場です。多くの人々からは「平和球場（へいわきゅうじょう）」の通称で親しまれました。その歴史は古く、日本野球史において重要な出来事の舞台となりました。

球場誕生前史 - 外人運動場

横浜公園の地には、まず野球場に先立つ運動施設がありました。1876年（明治9年）に「彼我公園」と呼ばれた現在の横浜公園が整備されると、1878年（明治11年）7月、外国人居留地の「横浜弄鞠倶楽部」の要望に応える形で、公園の中央に楕円形の「外人運動場（クリケットグラウンド）」が設けられました。この運動場は、利用料金を徴収して倶楽部に貸し付けられる形式でした。ここではクリケットだけでなく、米国人を中心に野球、サッカー、ラグビーなども行われていました。特に、1896年（明治29年）5月23日には、日本初とされる野球の国際試合（第一高等学校対横浜カントリー・アンド・アスレティック・クラブ）が開催されるなど、日本の近代スポーツ史における重要な場所でした。

横浜公園 野球場の時代へ

1899年（明治32年）の居留地制度廃止を経て、公園の管理権は横浜市に移管されました。旧外人運動場の貸し付け期間が1909年（明治42年）に満了すると、翌1910年（明治43年）にかけて、宮内省技師の茂出木朝二郎による改修工事が行われます。国内で野球の人気が高まる中で、公園中央のクリケットグラウンドはその役目を終え、公園南東隅に野球場が建設されました。この初代野球場は、現在の横浜スタジアムとは本塁と中堅の向きが逆で、左右両側に3～4段の木製観客席が設けられていました。ここでは、横浜貿易新報主催の大会やクラブチーム間の試合など、様々な野球大会が開催されました。

関東大震災からの復興と「横浜公園運動場」

1923年（大正12年）9月1日に関東大震災が発生し、球場も大きな被害を受けました。震災からの復興事業の一環として、横浜公園南東隅に新たな運動場が計画され、「横浜公園運動場」として建設されます。名こそ運動場でしたが、その形状は明確に野球場として設計されていました。1928年（昭和3年）1月20日に着工し、翌1929年（昭和4年）3月10日に完成。観客の収容能力は、メインスタンドが定員6,300人（最大9,000人）、外野周囲の芝生席が定員7,500人（最大10,000人）と、最大約19,000人を収容できました。この球場は、本塁と中堅の向きが現在の横浜スタジアムと同じになり、スタンド中央2階のバルコニーには貴賓席が設けられるなど、近代的な設備を備えていました。グラウンドのサイズは左翼101.9m、右翼101.5m、中堅116.5mと左右対称に近い形状でした。

歴史に残る試合と戦争の影響

この新しい横浜公園運動場は、日本の野球史において数々の歴史的な舞台となりました。1934年 11月18日には、ベーブ・ルースやルー・ゲーリッグらを擁するMLB選抜と、日本の全日本選抜による日米野球の第9戦が開催され、両チームからホームランが飛び出すなど、熱戦が繰り広げられました。また、初めてプロ野球の公式戦が行われたのは、1939年 8月12日のイーグルス対阪急軍の試合でした。

しかし、第二次世界大戦（太平洋戦争）が深まるにつれて、球場の利用は制限されるようになります。1942年9月には一旦利用が中断されますが、1943年には例外的にプロ野球公式戦が2試合開催されました。戦争中はスタンドが「東京捕虜収容所第3分所」として転用され、日本軍が捕虜にした連合国軍兵士が収容されました。この収容所は1944年5月に閉鎖されますが、1945年8月に日本が敗戦すると、9月には球場全体が連合軍の管理下に置かれることになります。

接収下の「ルー・ゲーリック・メモリアル・スタジアム」とナイトゲーム

横浜市内には連合軍に接収された競技施設が多くありましたが、横浜公園運動場は野球場としての機能が維持され、利用が続けられました。そして、この地でプレーし、日米開戦直前に亡くなったルー・ゲーリッグにちなんで、「ルー・ゲーリック・メモリアル・スタジアム」と名称が変更されました。場内には、当時の日本では珍しかったコカ・コーラやペプシコーラの看板が見られ、販売されていたようです。接収中の1946年には6基の照明塔が設置され、これが日本の野球に新たな歴史を刻むことになります。1948年 6月14日には、日本初のナイトゲーム（立教大学対慶應義塾大学）が開催され、同年8月17日には日本初のプロ野球公式戦のナイトゲーム（読売ジャイアンツ対中日ドラゴンズ）が行われました。この試合で中日ドラゴンズが3-2で勝利し、プロ野球ナイトゲーム初勝利チームとなりました。試合開始が夜遅い20時過ぎであったこの8月17日は、現在「プロ野球ナイター記念日」とされています。

「平和球場」への改称と老朽化、そして終焉

1952年に連合軍の接収が解除され、球場は横浜市に返還されました。そして1955年、「横浜公園平和野球場」と改めて命名されました。しかし、市民の間では略称である「平和球場」という呼び方が広く使われるようになりました。プロ野球の公式戦は、1939年の初開催以降、断続的に行われ、平和球場に改称した1955年には8試合が開催されましたが、総数は多くありませんでした。最終開催は1967年 10月9日のサンケイアトムズ対中日ドラゴンズ戦で、28年間（うち開催年16年）で計65試合にとどまりました。一方で、高校野球の神奈川大会や社会人野球など、アマチュア野球の主要な会場として盛んに利用され、プロボクシングの試合に使われたこともあります。

しかし、建設から40年を超え、建物の老朽化が深刻化していました。1970年3月には、構造体のコンクリートが劣化し、観客の重量を支えきれないという理由から、スタンドの上半分が利用禁止となりました。この措置により、かつて最大15,000人程度だった収容能力は半減し、大規模なアマチュア野球大会での利用も困難になりました。これを受けて、球場の建て替えと、横浜へのプロ野球球団誘致を求める市民による署名活動などが起こりました。

一方、当時川崎球場を本拠地としていた大洋ホエールズは、巨人戦以外で観客動員が伸び悩み、限界を感じていました。同じ神奈川県内で、より知名度が高く人口も多い横浜市への本拠地移転を計画していたのです。しかし、老朽化が著しく、倒壊の危険性も指摘されるほどで、10,000人すら収容できなくなった平和球場は、プロ野球の本拠地として使うにはあまりに不十分な状況でした。そこで大洋球団は、1972年11月22日、横浜市に対して「平和球場が改築された際には、本拠地を川崎から移転したい」と要望を伝えました。当時の飛鳥田一雄横浜市長もこれに同意し、両者間で覚書が交わされました。

新球場建設と平和球場の終焉

大洋球団との覚書締結後、新たな球場建設に向けた動きが本格化します。新球場の建設には資金や法規制など多くの課題がありましたが、一つずつ克服されていきました。こうして、新たな球場である「横浜スタジアム」の建設が正式に決定します。1977年4月、横浜スタジアムが着工されるのに伴い、長きにわたり横浜の野球を見守ってきた横浜公園平和野球場は、その姿を消しました。解体時、球場のスコアボードは藤沢市八部野球場へ移設され、およそ10年間利用された後、その役目を終えたということです。

平和球場は、日本野球の黎明期から、戦時中の困難、そして戦後の復興とプロ野球の発展期まで、激動の時代を駆け抜け、数々の名場面と歴史的な出来事を刻んだ、横浜にとって忘れられない野球場です。

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