死亡帳

古代日本の死亡帳：律令制下の生死記録

古代日本の律令制度下では、6年に一度行われる戸籍作成（造籍）と造籍の間、毎年死亡者に関する記録として『死亡帳』が作成されていました。これはいわば、古代における物故者リストと言えるでしょう。既に戸籍に登録されていた者の死亡のみを記録し、造籍後に生まれた乳幼児は含まれていませんでした。

『延喜式』や『政事要略』などの文献にも「死亡帳」の記述が見られ、その存在が裏付けられています。『政事要略』には、郷戸帳や浮浪人帳などと共に、死亡帳が当時の重要な帳簿の一つとして挙げられています。

現存する死亡帳

現存する死亡帳として、以下の2例が知られています。いずれも正倉院文書に含まれる貴重な資料です。

河内国大税負死亡帳（天理図書館蔵）： 天平9年（737年）の記録で、公出挙稲（大税）を負ったまま亡くなった河内国（現在の大阪府）の人々の氏名などを記しています。「伊我臣」「海犬養」「牛鹿部」など、当時の氏族名を確認できる点も、地域社会を知る上で貴重な情報源となっています。
備中国大税負死亡帳（正倉院蔵）： 天平11年（739年）の記録で、備中国（現在の岡山県）賀夜・宇都・窪屋地域（現在の岡山市・総社市周辺）の死亡者72名について記載されています。氏族名に「西漢人」などの記述があり、渡来系の住民の割合（賀夜で約2割、宇都で約3割）が推定できる点も注目されます。

出土した死亡帳（漆紙文書）

近年では、発掘調査によって漆紙文書として作成された死亡帳も発見されています。

長岡京跡出土の死亡帳（延暦9年）： 長岡京跡（京都府向日市・長岡京市・京都市）の発掘調査で発見された漆紙文書の断片からは、延暦9年（790年）6月に死亡した数人の死亡年月日が判明しています。人名や年齢などの詳細は失われていますが、当時の死亡状況を知る上で重要な手がかりとなります。
秋田城跡出土の死亡帳（16号文書、9世紀前半）： 秋田城跡（秋田県秋田市）の発掘調査で発見された漆紙文書（16号文書）は、赤外線カメラを用いた解読によって死亡帳であることが判明しました。この文書は、「人名」「年齢」「区分」「死亡年月日」などの情報が記載されており、秋田城跡出土例としては初めて、詳細な情報が読み取れる死亡帳です。

秋田城跡出土死亡帳の内容

16号文書には、戸主「高志公」とその家族、その他数名の死亡記録が記載されています。「高志公」の戸では、一年間に6名もの死亡が確認されており、これは当時の厳しい生活状況を示唆しています。記載されている氏族名からは、越後や加賀など北陸地方にルーツを持つ人が多く、東国に起源を持つ氏族も確認できます。

また、死亡者の年齢や性別、死亡時期を分析することで、当時の疫病や飢饉による影響も推察できます。9世紀前半は、天変地異や飢饉が相次いだ時代であり、秋田地方も例外ではありませんでした。文書に記録された死亡時期と年齢層を比較すると、凶作による食糧不足が、老弱から順に命を奪っていった様子が見て取れます。

死亡帳の性格と意義

正倉院文書の死亡帳とは異なり、秋田城跡出土の死亡帳は「人名＋年齢／年齢区分＋死亡年月日」という簡潔な書式を採用しています。これは、地方の役所で作成され、実務的に使用された文書の特徴を示しています。記載されているのは、秋田城支配地域（秋田郡周辺）の住民で、当時の出羽国府に提出されたものと考えられます。

これらの死亡帳は、古代日本の社会構造、人口動態、疫病や飢饉などの災害、地方行政の実態などを知る上で、きわめて重要な一次史料です。特に秋田城跡出土の死亡帳は、地方社会の実態を直接的に示す貴重な資料として、今後の研究に大きく貢献すると期待されています。

もう一度検索