水戸学

水戸学：尊王攘夷の思想と明治維新への影響

水戸学は、江戸時代の常陸国水戸藩（現在の茨城県北部）で生まれた独自の学問です。儒学を基礎としながら、国学、史学、神道の要素を融合させた点が特徴です。その発展には、大きく分けて前期と後期があり、それぞれ異なる特徴を持っています。

前期水戸学：『大日本史』編纂と学問の基礎

前期水戸学は、第二代藩主徳川光圀の時代（1657年～1701年）に始まりました。光圀は、日本独自の正統な歴史を編纂しようと、史局を設立し、『大日本史』の編纂事業に着手しました。この事業は、多くの学者を招聘し、膨大な史料の収集・研究を伴う大規模なものでした。

編纂作業では、単なる歴史記述にとどまらず、国文学、天文、暦学、算数、地理、神道、古文書、考古学、兵学、書誌など、多様な分野の研究が盛んに行われました。各地への調査派遣、出典の明記、史料・遺物の保存など、綿密な作業が特徴でした。中村顧言、佐々宗淳、丸山可澄といった多くの学者が参加し、『大日本史』だけでなく様々な著作を残しました。

特に、『大日本史』における南朝正統論の主張は、後世に大きな影響を与えました。しかし、光圀の意図は北朝や武家政権を否定することではなく、名分論に基づいてそれらを合理的に説明することにありました。

光圀の死後も『大日本史』の編纂は続けられましたが、安積澹泊の死後には一時中断しました。

後期水戸学：尊王攘夷思想の隆盛と明治維新

後期水戸学は、主に第六代藩主徳川治保以降、特に第九代藩主徳川斉昭の時代（1829年～1844年）に隆盛を極めました。この時代、水戸藩は深刻な財政難や内憂外患に直面しており、水戸学は単なる学問にとどまらず、藩政改革にも関わるようになりました。

彰考館の総裁であった立原翠軒とその弟子たち、そして、藤田幽谷とその弟子である会沢正志斎、藤田東湖、豊田天功らは、水戸学の中核を担いました。幽谷は「正名論」を著し、藩政批判を行うなど、強い改革意識を持っていました。

大津浜事件（1824年）をきっかけに、水戸藩では尊王攘夷思想が急速に広まりました。会沢正志斎の「新論」は、その思想を理論的に体系化したもので、後の志士たちに大きな影響を与えました。

斉昭は藩校弘道館を設立し、会沢正志斎を教授頭取に任命しました。弘道館の教育理念を記した『弘道館記』（起草は藤田東湖）には、「尊皇攘夷」という用語が初めて用いられました。しかし、斉昭の改革は幕府による弾圧で挫折します。

藤田東湖は謹慎中に『弘道館記述義』を著し、本居宣長の国学を取り入れ、尊王思想をさらに強めました。東湖の「回天詩史」、「和文天祥正気歌」なども広く読まれ、幕末の志士たちの思想に大きな影響を与えました。

ペリー来航（1853年）は、水戸藩改革派の復権につながり、斉昭は幕政参与に就任。しかし、東湖の死や安政の大獄により、水戸藩は再び混乱に陥りました。戊午の密勅返納問題、天狗党の乱など、激しい内部抗争は水戸藩を疲弊させました。

明治維新後と現代

明治維新後、水戸学は徳川光圀とともに称揚され、教育勅語にもその思想が反映されました。明治天皇は光圀と斉昭を厚く褒賞しました。『大日本史』完成後には、彰考館文庫が建設され、水戸徳川家は公爵に陞爵しました。

しかし、第二次世界大戦後は、天皇制や軍国主義を支えた思想として批判されるようになりました。近年では、水戸史学会などによる研究が続けられており、「水戸学の道」など、観光資源としての活用も試みられています。

水戸学は、日本の歴史、政治、思想に多大な影響を与えた重要な学問です。その歴史と思想を理解することは、現代日本を理解する上で不可欠です。

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