石狩沼田幌新事件

石狩沼田幌新事件は、1923年（大正12年）8月21日から24日にかけて、北海道雨竜郡沼田町の幌新地区で発生した、記録に残る日本史上2番目に大きな被害を出した熊害事件です。一頭のヒグマが開拓民の一家や、討伐に駆け付けた人々を襲い、4名が死亡、4名が重傷を負うという痛ましい結果となりました。

事件の背景

事件の舞台となったのは、留萌本線の恵比島駅から北東に4～8kmほど離れた幌新地区です。この地名は、地区内を流れる幌新太刀別川（アイヌ語で「湿地を流れる大きな川」を意味する「ポロ・ニタッ・ペツ」に由来）から取られています。

事件の経緯

8月21日：最初の襲撃

沼田町恵比島地区では、太子講の祭りが開催され、多くの人々が集まっていました。午後11時半頃に祭りが終わり、幌新地区へ帰る人々が夜道を歩いていると、一行から少し遅れて歩いていた林謙三郎（当時19歳）が、突如現れた巨大なヒグマに襲われました。林は必死に抵抗し、着物などを引き裂かれながらも何とか逃げ出すことに成功し、前を歩く人々に危険を知らせました。

ヒグマは一行の先頭にいた村田幸次郎（当時13歳）を襲い撲殺、兄の与四郎（当時15歳）にも重傷を負わせ、幸次郎の遺体を食い始めました。恐怖に駆られた人々は、近くの持地乙松宅に逃げ込み、屋根裏などに隠れ、囲炉裏に火を焚いてヒグマに備えました。ヒグマは幸次郎の遺体を食いながら持地宅に現れ、窓から中を覗き込みました。家人たちが座布団などを投げつけて追い払おうとすると、ヒグマは玄関へ回り込み、村田兄弟の父である村田三太郎（当時58歳）が戸を押さえて抵抗しましたが、ヒグマは戸を押し破って家の中に侵入しました。三太郎はスコップで立ち向かいましたが、叩き伏せられ重傷を負いました。ヒグマは母親の村田ウメ（当時55歳）をくわえて外へ連れ去り、三太郎が必死に追いかけましたが、ウメはそのまま山中で食い殺されてしまいました。与四郎も重傷を負いましたが、札幌の病院に運ばれ一命を取り留めました。

8月22日：絶望

妻子を奪われた三太郎や避難民たちは、絶望と恐怖に苛まれました。銃を持たない農民たちは、家の中で身を隠すことしかできませんでした。翌日、事情を知らない村人が偶然持地宅のそばを通りかかり、助けを求めてようやく解放されました。近隣の藪の中で、下半身を食べられたウメの遺体が見つかりました。

8月23日：狩人の失踪

惨劇は沼田町全域に知れ渡り、熊撃ち名人の砂澤友太郎や雨竜村のアイヌの狩人たちが応援に駆け付けました。そのうちの一人、長江政太郎（当時56歳）は、「自分が必ず仕留める」と単身でヒグマ退治に向かいましたが、数発の銃声の後、消息を絶ちました。

8月24日：討伐、そして終焉

在郷軍人、消防団、青年団など総勢300人以上の討伐隊が幌新地区に到着し、ヒグマ討伐隊が結成されました。しかし、討伐隊が山に入ってすぐにヒグマが現れ、最後尾にいた上野由松（当時57歳）を撲殺、折笠徳治にも重傷を負わせました。その後、軍人の銃撃によりヒグマは倒されました。ヒグマが倒された場所のすぐそばで、前日行方不明になった長江政太郎が、頭部以外を食い尽くされた状態で発見されました。

この事件で、村田幸次郎、村田ウメ、長江政太郎、上野由松の4名が死亡、林謙三郎、村田三太郎、村田与四郎、折笠徳治の4名が重傷を負いました。

討伐されたヒグマは、体長2m、体重200kgの雄の成獣で、胃からは大量の人骨が発見されました。

事件後

ヒグマの毛皮は幌新小学校に保存されていましたが、廃校後は沼田町郷土資料館に展示されています。重傷を負った林謙三郎は、その後一度も山に入ることはありませんでした。

事件の舞台となった幌新太刀別川上流部では、その後炭鉱が開発され栄えましたが、閉山とともにゴーストタウンとなり、現在は沼田ダムの底に沈んでいます。

事件の原因

夏祭り帰りの一行が最初にヒグマに襲われた場所には、馬の死体が埋められていました。ヒグマは数日前からこの死体を食べており、偶然現れた一行を「餌を奪う敵」とみなして襲ったと考えられています。

補足

沼田町は現在、北海道有数の米どころですが、開拓以前は原生林に覆われ、ヒグマの生息地でした。そのため、開拓民とヒグマの接触事故が頻繁に発生していました。

石狩沼田幌新事件以外にも、人身事故や家畜の殺傷事件が相次ぎました。大正2年には、通学途中の小学生がヒグマに襲われ、内臓を食い尽くされるという事件も発生しています。

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