髪切り

髪切り：江戸の闇に潜む謎の妖怪

江戸時代から明治時代にかけて、日本各地で人々の髪を密かに切るという怪異「髪切り」が噂されました。本記事では、この謎めいた妖怪の正体や歴史、社会への影響について、詳細に解説します。

突如として現れる怪異

髪切りは、気づかぬうちに人の髪を刈り取る妖怪とされています。その出現は突然で、男女を問わず、様々な場所で目撃例が報告されています。

『諸国里人談』（寛保年間）には、元禄時代の伊勢国松坂や江戸の紺屋町で、夜道を行く人々の髪が元結から切られる怪異が多発したと記されています。被害者は全く気づかず、切られた髪は結んだまま地面に落ちていたとのことです。

同様の怪異は、江戸の下谷や小日向などでも発生し、『半日閑話』などにも記録が残されています。特に、商店や屋敷の女性従業員が被害に遭うケースが多かったようです。明治7年（1874年）には東京日々新聞が、本郷で召使いの女性が髪切り被害に遭った事件を報道しています。この事件では、被害に遭った女性は気絶し、病気になってしまったと伝えられています。

水木しげるの作品では、人間が獣や幽霊と結婚しようとした際に髪切りが出現するという説も紹介されています。興味深いことに、このような髪が切られる怪奇現象は、日本だけでなく、中国やイギリスでも歴史的に報告されています。

髪切りの正体：様々な説が飛び交う

髪切りの正体は未だ謎に包まれていますが、主な説として、狐の仕業説と、髪切り虫という架空の虫の仕業説が挙げられます。

狐の仕業説

室町時代の『建内記』では、髪切りの犯人を狐だと断定しています。また、『太平広記』にも、髪を切る狐の記述があり、この説を裏付けるものとなっています。

江戸時代の『耳嚢』には、髪切りの被害現場で捕獲された狐の腹から大量の髪が見つかったという話が記されています。さらに、『善庵随筆』には、道士が妖狐を操って髪切りを起こしているという説も存在したことが記されています。

髪切り虫の仕業説

『嬉遊笑覧』には、寛永14年（1637年）に髪切りは「髪切り虫」という虫の仕業だとされたと記されています。この虫は、現実のカミキリムシとは別種の、想像上の虫であると考えられています。剃刀のような牙とハサミのような手を持つ虫が、屋根瓦の下に潜んでいるという説もあります。髪切り虫の絵が魔除けとして売られたり、髪切り避けのおまじないが流行するなど、社会現象にもなっていました。

人間の仕業説

髪切りが人間の犯行であったとする説も存在します。

商業目的で、かつら屋が髪切り騒動を演出したという説があります。明和8年（1771年）から翌年にかけて江戸と大坂で髪切り騒動が起き、多くの修験者やかつら屋が処罰されました。大坂ではかつら屋が犯人として断定されましたが、真偽は不明です。

また、女性の頭髪を切ることに快楽を感じる嗜好者も存在し、彼らが犯行に及んだという説もあります。江戸文化研究家の三田村鳶魚は、実際に髪切り犯が捕まった事例を著書で紹介しています。迷信を信じて髪切りを行った事例も存在します。昭和6年（1931年）に東京で逮捕された青年は、「百人の女性の髪を神社に奉納すれば病気が治る」という迷信を信じて犯行に及んだと供述しています。

その他、自然に髪が抜ける病気という説もありました。

髪切りの表現

『百怪図巻』などの絵巻物には、くちばしが長く、手がハサミのような妖怪が髪切りとして描かれています。歌川芳藤の錦絵『髪切りの奇談』（1868年）にも髪切りが描かれていますが、絵巻物とは異なる姿で表現されています。

『化け物尽し絵巻』では、髪切りが「鳶鬼」として紹介されています。

まとめ

髪切りは、その正体が不明なまま、人々の恐怖心を煽り続けました。狐、虫、人間など、様々な説が飛び交い、社会問題にも発展したこの怪異は、江戸時代の社会風俗を知る上で重要な存在と言えるでしょう。今後の研究で、さらに多くの謎が解き明かされることを期待したいです。

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