べーしっ君

漫画家・荒井清和氏が手掛けた『べーしっ君』は、主に4コマ漫画として展開され、一部はアニメ化もされた作品です。コンピュータ関連雑誌やゲーム雑誌を中心に連載され、中でも『ログイン』誌上では1984年7月号からスタートし、『ファミコン通信』（現『ファミ通』）など複数の媒体を合わせて1997年まで、実に10年以上にわたり読者に親しまれました。特に黎明期の『ファミコン通信』においては、創刊号の表紙を飾り、誌面を彩るマスコットキャラクターのような存在として、当時の読者に深く記憶されています。

作品世界とユーモア

物語の主人公は、コンピューター関連用語から名前を取った目森べーしっ君。彼は大のゲーム好きである熱血的な中学生で、その日常を描くギャグ漫画です。連載開始当初は、往年のアニメ『巨人の星』に範をとったキャラクター設定や家族構成、ライバル関係などがパロディとして盛り込まれていましたが、物語が進むにつれてその要素は薄れていきました。代わって、当時の人気ゲームソフトを題材にしたネタ、言葉遊びを基盤としたシュールなギャグ、そして連載中期以降に顕著となる独特の洗練されたユーモア（時にきわどい内容を含む）が中心となっていきます。また、連載当時の他の漫画や時事ネタからのパロディも数多く取り入れられました。キャラクター造形においては、一度しか登場しない脇役や背景の人物でさえ、意図的に非常に特徴的な顔立ちや姿で描くという、荒井氏独自のユニークな手法が確立されています。

独特の言語表現

『べーしっ君』の大きな特色として、耳に残る個性的な擬音や奇声（時にどちらとも判別しがたい叫び）が挙げられます。物語のオチなどで頻繁に使用される「うすらのばぼーん」や「すてらのなばびこーん」といったフレーズは、作品を代表する要素となり、単行本には擬音の索引が設けられるほどでした。作者は後年、これらの擬音が、PC雑誌での連載において、コンピュータ関連の話題だけでは読者の印象に残りにくいと考え、作品に強いインパクトを与えるために意図的に取り入れ始めたものだと語っています。また、登場人物たちの台詞回しも非常に個性的です。「なにかしらこの人……イッツソーデンジャラス!」「ほぅーらイッツ・アバースデープレゼーンツ!! なり」のように、直訳調の英語を唐突に織り交ぜた表現や、「比較的にあうぜーっ!!」「それはわりとヤリィ!!」といった、口語を極端にしたような言い回しが好んで使われました。連載の中盤からは、四国松山の方言である「～ぞなもし」や、古文の助動詞「～ナリ」が語尾に多用されるようになります。

主な登場人物

目森べーしっ：通称べーしっ君。プログラミング言語BASICとコンピュータのメモリに由来する名前を持つ、ゲーム大好きな熱血中学生。流行遅れの服装とジョイスティックがトレードマーク。他のキャラのボケに対し、独特の擬音と共にずっこける役。OVA版の声は古谷徹氏。
目森二五六：べーしっ君の父。コンピュータのメモリ容量などで使われる数字256にちなむ。息子を「ゲームの星」にするべく厳しく接する（ふりをする）が、自身には甘い。『巨人の星』の星一徹がモデル。OVA版の声は加藤精三氏。
目森エリア：べーしっ君の姉。コンピュータ用語の「メモリエリア」に由来する。家族の中では比較的常識人だが、時におかしな行動も。べーしっ君の同級生であるましんご臣と交際中らしい。『巨人の星』の星明子がモデルで、よく涙する描写がある。
べーしっの母：本名不明。目森家で最も変わった性格で、コスプレを愛好する。常にマウスを首から下げている。
可愛ろり子：べーしっ君の同級生。可愛らしい外見に反して、大胆な発言をすることがある。OVA版の声は岡部玲子氏。
近藤ましんご臣：べーしっ君の同級生でライバル。俳優の近藤正臣とプログラミング言語のマシン語に由来。成績優秀なナルシストで、マシン語の文字列柄の学ランを着ている。『巨人の星』の花形満がモデルで、エリアに惹かれている。エリアのギャグに気絶してオチになるパターンが多い。
番長ヨシオ：べーしっ君の同級生。頬に「バカ」のような傷跡がある。不良番長と呼ばれつつも、ひょうきんな一面を持つ。
コボルのおばちゃま：べーしっ君のおば。映画評論家の小森和子氏とプログラミング言語COBOLに由来する。モデルも小森和子氏で、交友関係は広いがギャグセンスは古い。
尾倉保間ミキ：べーしっ君の同級生。アメリカ民謡『オクラホマミキサー』に由来。クラス一のファンシー少女で、べーしっ君に好意を持つが意外と気が多い。ゲーム『うっでいぽこ』が外見の元ネタ。
ポピュラ寸一：べーしっ君の同級生。ゲーム『ポピュラス』と作曲家の都倉俊一に由来し、地形を模した髪型。おとなしそうに見えて下ネタを好む。
* 謎の老人：名前不明。ゲーム好きで銭湯によく現れる。女言葉を話し、コマネチからの「ぽんち!!」など、下ネタの一発芸を得意とする。

単行本・関連作品

本作の単行本は、当初アスキーコミックスより全4巻が刊行されましたが、連載終盤の作品の一部は未収録でした。2016年には、これらの未収録エピソードを含む約100本が追加された『べーしっ君完全版』が立東舎から発売されています。単行本には、描き下ろしの番外編として、比較的シリアスなストーリー漫画『血染めのジョイスティック』や『四角いスタジアム』、ギャグ短編『サルトQ』、ショートショート『目森家の人々』などが収録されました。また、大人になった主要人物たちを描く特別編『オトナべーしっ君』といった続編も、姉妹誌に掲載されています。

映像化と関連ソフトウェア

過去にはテレビアニメシリーズ化が告知されたことがありますが、これは雑誌の企画によるエイプリルフールのジョークでした。しかし、1986年には『ファミコン通信』創刊時のプロモーションとして、原作者・荒井清和氏自身が原画を手掛けたアニメーションCMが制作され、放映されています。このCMは、当時の編集部スタッフの熱意により、一般的なリミテッドアニメではなくフルアニメで制作されるなど、ユニークなエピソードが残されています。2003年にはOVA化も実現。こちらは原作漫画のコマを基盤に、エフェクトやアフレコを加えるスタイルで、特に『巨人の星』の主人公・飛雄馬と父・一徹を演じた古谷徹氏と加藤精三氏が、それぞれべーしっ君と父・二五六役を担当したことが大きな話題となりました。OVAでは、原作の擬音がキャラクターの肉声として表現されています。

コンピュータ関連誌での連載という背景から、ゲームソフトとの関わりも複数あります。PC-8801向けには、RPG『べーしっ君の大冒険』が制作され、雑誌にプログラムリストが掲載されたことも。MSX向けのBASIC コンパイラシリーズでは『MSXべーしっ君』としてイメージキャラクターに起用されましたが、ソフトウェアの内容は漫画とは直接関係ありません。また、アスキーから発売されたファミコン用アドベンチャーゲーム『北海道連鎖殺人オホーツクに消ゆ|北海道連鎖殺人_オホーツクに消ゆ』には、べーしっ君らキャラクターが隠れキャラとして登場しており、荒井氏がこれらのキャラクターデザインを担当しています。

『べーしっ君』は、その長期連載と独特な世界観、そして黎明期から発展期にかけての日本のゲーム文化との繋がりにおいて、今なお多くのファンの記憶に残る作品です。

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