アカツクシガモ

アカツクシガモ（学名：Tadorna ferruginea）は、カモ科の鳥類の一種です。その特徴的な橙褐色や橙赤色の羽毛からこの名が付けられています。体長は58センチメートルから70センチメートルほど、翼を広げると110センチメートルから135センチメートルになる比較的大型の水鳥です。

分類と名前の由来

本種は1764年にドイツの動物学者ペーター・ジーモン・パラスによって初めて記載されました。当初はカモを意味するAnas属に分類されていましたが、後にツクシガモ属であるTadorna属に移されています。一部の研究者からは、ツクシガモ属とは別にCasarca属として扱われることもあります。遺伝子解析からは、ネズミガシラアカツクシガモに最も近縁であることが示唆されています。飼育下では、同じツクシガモ属の他種や、マガモ属、エジプトガンとの間で交雑する例が確認されています。亜種は現在のところ認められていません。

属名のTadornaはフランス語の「tadorne」に由来し、これは元々ケルト語で「まだら模様の水鳥」を意味する言葉でした。英語名の「sheld duck」も約300年前から使われており、同様の意味合いを持っています。一方、種小名のferrugineaはラテン語で「錆びた」を意味し、これは本種の全身に見られる鉄錆のような色合いの羽毛に由来しています。

特徴的な外見

全長は約63センチメートルから66センチメートルです。翼開張は121センチメートルから145センチメートルにもなります。全身の羽衣は橙色、橙赤色、橙褐色、赤褐色と個体や状態によって変化しますが、頭部はやや淡い色合いをしています。尾羽と風切羽は黒く、特に風切羽の外側を覆う雨覆羽は白いことから、飛行中にその鮮やかな対比が際立ちます。ただし、静止している際には白い雨覆羽はほとんど目立ちません。次列風切の一部は緑色の翼鏡（光沢のある部分）を形成します。

雌雄で形態が少し異なります。繁殖期の雄は首の周りに黒い首輪状の模様が現れます。雌は頭部から首にかけての色が雄よりも淡く、黒い模様はありません。幼鳥は雌に似ていますが、より全体的に濃い褐色をしています。羽の色は換羽や羽の古さによって変化し、古くなった羽ほど色が薄れる傾向があります。繁殖期の終わりに全身の羽が生え換わり、雄の首の黒い模様は一度消失しますが、冬にかけて再度部分的な換羽が行われ、模様が再び現れます。

生息環境と分布

アカツクシガモは主にユーラシア大陸の中部で繁殖します。冬季になるとアフリカ大陸北部、ユーラシア大陸南部、東アジア（中国、朝鮮半島など）へ南下して越冬する渡り鳥です。日本へも冬鳥としてまれに飛来することがあります。

北西アフリカやエチオピアには比較的小規模な定住個体群が存在しますが、主要な繁殖分布域は南東ヨーロッパから中央アジアを経て、東はバイカル湖周辺、モンゴル、中国西部に広がっています。東部の個体群は典型的な渡り鳥で、インド亜大陸が主要な越冬地となります。

生息環境としては、湖沼、貯水池、河川といった開けた陸水域を好みます。干潟や礫地の多い大きな湿地、流れの緩やかな川、池、浸水した草原などでも見られます。森の中など、木が密生した場所にはほとんど生息しません。汽水域やラグーンでも観察されることがあります。低地でよく見られますが、高地にも適応しており、中央アジアでは標高5,000メートルを超える湖で生息する数少ない水鳥の一つです。

分布域全体で見ると個体数は多いものの、地域によって状況は異なります。中央アジアや東アジアでは個体数が安定または増加傾向にありますが、南東ヨーロッパやスペイン南部ではかなり希少になり、全体としてヨーロッパでは減少傾向にあります。これは湿地の減少や狩猟などが影響していると考えられています。

一方で、人為的な影響による定着個体群も存在します。例えば、カナリア諸島のフエルテベントゥーラ島には1994年に初めて繁殖が確認されて以降、定着個体群が増加しています。スイスでは外来種として定着し、在来の鳥類に影響を与えることが懸念されています。モスクワ市内にも安定した個体群がおり、これらは動物園から逃げ出した個体の子孫と考えられています。これらの都市部の個体群は渡りを行わず、凍結しない水域で越冬するという特徴があります。

暮らしと生態

アカツクシガモは主に夜間に活動する傾向があります。食性は雑食性で、イネ科植物の種子や若い芽、穀類、水生植物、そして水生や陸生の無脊椎動物などを食べます。陸上では葉をついばみ、水中では浅瀬を歩きながら餌を探したり、深い場所では頭部を水中に突っ込んで採食しますが、本格的な潜水は行いません。

普段はつがいか小さな集団で生活することが多く、大規模な群れを作ることは比較的まれです。しかし、換羽期や越冬期には特定の場所で非常に大きな群れを形成することがあります。例えば、ネパールのコシ川周辺で4,000羽以上、トルコの湖で1万羽以上の群れが記録された例もあります。

繁殖のサイクル

繁殖期は通常3月から4月にかけて、主要な繁殖地に到着することから始まります。アカツクシガモは雌雄間の絆が非常に強く、一度つがいになると生涯を共にすると考えられています。繁殖期には、同種や他種の鳥に対して非常に攻撃的な行動を見せます。雌は侵入者に対して威嚇的な鳴き声を発しながら近づき、雄は雌に促されて攻撃を行うこともあります。求愛行動は水上で行われ、首を伸ばし、頭を下げ、尾を上げるという比較的短い儀式を経て交尾に至ります。

営巣場所は、水辺からかなり離れた場所が選ばれることが多いです。木の洞、廃墟、崖の割れ目、砂丘、キツネなどの動物が掘った巣穴などが利用されます。巣は雌が自らの羽毛や綿毛、草などを用いて作ります。

産卵は4月下旬から6月上旬にかけて行われます。一度に産む卵の数は6個から12個で、平均すると8個です。卵はクリーム色がかった白色で、鈍い光沢があり、平均的な大きさは約68ミリメートル×47ミリメートルです。抱卵は雌が単独で行い、雄はその近くで見守ります。卵は約28日で孵化し、孵化した雛は雌雄の両親によって育てられます。雛は約55日後に巣立ちます。

繁殖期の後、成鳥は羽の生え換わり（換羽）を行います。この期間中は約1ヶ月間飛ぶことができなくなるため、換羽を始める前に捕食者から身を守りやすい大きな水域に移動します。巣立った雛を含めた家族で一時的に群れを作ることもあります。秋の渡りは9月頃に始まり、若い個体は2年目に性的に成熟します。

特徴的な鳴き声

鳴き声は鼻にかかったような、ガァッガァッという大きな音の連続です。雌と雄で鳴き声の音色に違いがあり聞き分けることができます。鳴き声は地上でも空中でも発せられ、警戒時や威嚇時など、状況によってその音色は変化します。

人との関わりと保全

アカツクシガモは、特に仏教徒の間で神聖な鳥とみなされており、中央アジアや東アジアの一部地域ではある程度保護されています。これが、これらの地域で個体数が安定または増加傾向にある一因と考えられています。チベットにあるオグロヅル保護区は、アカツクシガモの重要な越冬地であり、ここでも保護の対象となっています。

一方、ヨーロッパでは過去に湿地の干拓や狩猟によって個体数が減少しました。現在、ヨーロッパやイタリアなどでは保護されており、狩猟は禁止されています。

全体としては非常に広い生息域を持ち、推定される個体数は17万羽から22万5千羽と多いことから、国際自然保護連合のレッドリストでは「低危険種」（Least Concern）と評価されています。個体数全体の明確な傾向は掴めていませんが、一部の個体群は増加している一方で、別の個体群は減少している状況です。貯水池などの新しい生息環境にも適応する能力が高いため、多くの水鳥に比べて保全上の懸念は小さいと考えられています。また、アフリカ・ユーラシア渡り性水鳥の保全に関する協定（AEWA）の対象種にも指定されています。

日本では環境省のレッドリストで「情報不足」（DD）と評価されています。

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