アッドゥ環礁

モルディブ最南端の楽園：アッドゥ環礁

モルディブ共和国最南端に位置するアッドゥ環礁は、別名シーヌ環礁とも呼ばれ、行政区分としてはこちらの名称が用いられています。23の島々から構成されるこの環礁は、その美しい自然と、イギリス海軍基地としての歴史、そして独自の文化が織りなす魅力的な場所です。

6つの有人島と独自の文化

Aッドゥ環礁を構成する23の島々のうち、人が住むのはミードゥ島、ヒタドゥ島、マラドゥ島、フェイドゥ島、ガン島、そしてフルフドゥ島のわずか6島のみです。人口はおよそ28,000人で、この限られた島々に独自の文化が育まれています。特に、この環礁で話されるディベヒ語の方言は、モルディブの他の地域とは大きく異なる特徴を持ち、独特の言語的魅力を放っています。

経済活動においては、かつては西洋人向けの就労経験を持つ住民が多く、高い英語能力を活かして観光産業に従事するケースが多かったことから、首都マレや周辺のリゾートへの移住も少なくありませんでした。しかし近年は、アッドゥ環礁自体も観光地として注目を集めつつあり、その状況は変化してきています。

手つかずの自然と豊かな海洋生物

2000年代半ばまでは大規模なリゾート開発が進んでおらず、ダイビングを楽しむ観光客は多くありませんでしたが、近年は状況が一変。多くの観光客が訪れるようになっています。ガン島を中心とした環礁内の島々は、外国人観光客が立ち入れる機会の少ないモルディブにおいて貴重な体験の場となっています。

アッドゥ環礁の周辺海域には、サンゴ礁、藻場、ラグーン、マングローブ林といった多様な生態系が広がり、ブラックフラッグサンドパーチ、モルディブトリプルフィン、モルディブブレニーなど、多くの固有種を含む魚類が生息しています。この豊かな自然環境は、2020年にユネスコによって生物圏保護区に指定され、その価値が国際的に認められています。

イギリス海軍基地としての歴史：戦略上の要衝

アッドゥ環礁は、第二次世界大戦中から冷戦時代にかけて、イギリス海軍、そして空軍の重要な軍事拠点として機能していました。1941年、イギリス海軍は秘密裏にガン島を中心に基地を建設し、「ポートT」というコードネームで呼ばれていました。

この基地建設の背景には、東洋艦隊の代替拠点確保という戦略的必要性がありました。当時、シンガポールは日本軍の侵攻に対して脆弱であると判断されており、より安全で戦略的に重要な拠点が求められていたのです。セイロン島（現スリランカ）のツリンコマリーも検討されましたが、諜報活動への脆弱性などから、アッドゥ環礁が最適な場所として選ばれました。

アッドゥ環礁は、大型艦艇の停泊に適した深い水深、敵からの諜報活動を困難にする地理的条件を備えていたため、戦略拠点として理想的な条件を満たしていたのです。

基地建設は、1941年8月に海軍航空隊の飛行場建設から始まり、その後、石油タンクなどの主要施設がガン島やヒタドゥ島に建設されました。これらの施設は海上からも容易に視認できたものの、環礁全体の標高が低いことから避けられない状況でした。

オーストラリアの冷凍貨物船「チャントー」と「タイピン」による補給活動が東洋艦隊を支え、アデンに向かう輸送船団もアッドゥ環礁で給油を受けました。主要6島には海岸砲や対空砲が配備され、島々を繋ぐ道路や軽便鉄道も敷設されました。しかし、高温多湿の気候、娯楽施設の不足、人口の少なさから、駐屯兵士にとっては不人気な場所でもありました。

日本軍はセイロン沖海戦時にもアッドゥ環礁基地の存在を認識していませんでしたが、戦争後期には潜水艦による偵察で発見されました。1944年にはドイツ潜水艦U-183によるタンカー攻撃が発生し、石油流出による環境汚染が発生しました。このタンカー「ブリティッシュ・ロイヤルティ」は、以前にも日本海軍の特殊潜航艇攻撃で沈没、その後引き上げ復旧したという歴史を持っていました。最終的に1946年にヒタドゥ島沖で沈没したこのタンカーは、現在はダイビングスポットとして人気を博しています。

1957年には海軍基地は空軍基地（ガン空軍基地）に移管され、1971年のイギリス軍撤退後もガン国際空港として民間利用されています。かつての軍用宿舎はリゾート施設に改装され、歴史と自然が融合した観光地として、アッドゥ環礁は新たな魅力を放っています。

もう一度検索