アラブ人の奴隷貿易

アラブ人の奴隷貿易：広大なネットワークと複雑な歴史

アラブ人の奴隷貿易は、西アジア、北アフリカ、東アフリカ、そしてヨーロッパの一部を舞台に、長きに渡って行われた人身取引です。その歴史はイスラム教の勃興よりも前に始まり、1000年以上もの間、多くの地域や人々を巻き込みました。紅海、インド洋、サハラ砂漠などの交易路を介して、莫大な数の人々が奴隷として売買され、過酷な運命を強いられました。

貿易の広がりと対象者

この奴隷貿易の対象者は、人種や民族、宗教を問わず多岐に渡りました。初期にはアラブ人やベルベル人も含まれていましたが、時代とともに東ヨーロッパのスラヴ人（サカーリバと呼ばれた）、ペルシア人、テュルク系民族、コーカサス地方の人々、中央アジアの人々、さらにはスカンジナビア人、イングランド人、アイルランド人など、ヨーロッパ各地の人々も奴隷として扱われました。特に18世紀から19世紀にかけては、東アフリカ出身の奴隷がザンジバルを中心としたオマーン・スルタン国やザンジバル・スルターン国の台頭を支えました。

アフリカにおける奴隷貿易は、サハラ砂漠横断の隊商路と、紅海・インド洋を経由する海路という2つの主要ルートで行われました。歴史家の推計によると、650年から1900年の間に、1000万から1800万人のアフリカ人がアラブ人奴隷商人によって奴隷にされ、これらのルートを通って運ばれたと言われています。しかし、記録の不備や用語の曖昧性から、正確な数は不明です。

アラブ人の奴隷貿易はアフリカ人だけでなく、ヨーロッパ人も大きな犠牲者となりました。16世紀から19世紀にかけて、オスマン帝国配下のバルバリア海賊による襲撃によって、100万から125万人のヨーロッパ人が捕らえられ、奴隷として売買されました。これらの海賊は、イタリア、スペイン、ポルトガルなどの地中海沿岸だけでなく、フランス、イングランド、オランダ、アイルランドといった北ヨーロッパの遠隔地まで襲撃範囲を広げ、多くの地域を荒廃させました。

イスラム法と奴隷制

しばしばイスラム教の奴隷貿易と呼ばれますが、宗教的義務が奴隷制の主要な推進力であったわけではありません。イスラム法では、非イスラム教徒がイスラム教の受容を拒否した場合、戦争状態にあると見なされ、奴隷にされることが許容されました。しかし、イスラム教徒内部でも、この用語の用法については議論がありました。アフリカのイスラム教宣教師の中には、潜在的な奴隷の数を減らすために改宗を促すことに消極的な者もいました。

アラブ人の奴隷貿易の歴史的資料

アラブ人の奴隷貿易に関する資料は、アラビア語で書かれた歴史書や地理書、旅行記など多岐に渡ります。マスウーディー、ヤアクービー、イブン・バットゥータなどの著名なイスラム学者による文献には、アフリカに関する記述も含まれています。しかし、これらの資料は必ずしも客観的なものではなく、アラブ人側の視点からの記述であることを考慮する必要があります。また、考古学、貨幣学、人類学などの成果も、歴史解明に役立っています。

アフリカ人に対するアラブ人の見方

コーランは、人類の単一起源を主張し、特定の民族の優越性を否定しています。しかしながら、征服活動や奴隷貿易を通じて、アラブ人の間に民族的偏見が発展しました。肌の色が濃い人々だけでなく、ペルシア人やトルコ人など、肌の色が白い人々に対しても偏見が見られました。アル・ジャーヒズのようなイスラム学者も、黒人に対する偏見を含む記述を残しています。しかし、イブン・ハルドゥーンやイブン・バットゥータなど、アフリカ人に対して好意的な見方や記述をする学者も存在しました。これらの資料は、当時の社会状況や思想を理解する上で重要な手がかりとなります。

奴隷貿易の地理と交易路

奴隷の「供給地」はアフリカ各地に広がっており、サハラ砂漠横断の隊商路や紅海・インド洋の海路を通って、中東や北アフリカ、さらにはインドや中国まで奴隷が運ばれました。奴隷は様々な品々と交換され、奴隷市場で売買されました。カイロ、モロッコ、アルジェなどの都市には大きな奴隷市場が存在し、奴隷は競売にかけられ、買い手に買われたのです。

近代の奴隷制の残存

アラブ人の奴隷貿易は、19世紀後半になってようやく終焉を迎えましたが、その影響はその後も長く続きました。20世紀初頭まで、アラビア半島やイエメンなどでは奴隷制の慣習が続いており、1950年代のサウジアラビアでは人口の約20％が奴隷であったと推定されています。モーリタニアでは、2007年になってやっと奴隷制が犯罪行為となりましたが、貧困を背景とした債務労働の形での奴隷制の残存も指摘されています。

まとめ

アラブ人の奴隷貿易は、広大な地域と長い時間を背景とする複雑な歴史を持つ出来事です。その規模や影響は未だに議論の的であり、正確な数は不明な点も残ります。しかし、残された資料や研究成果を基に、その歴史を正しく理解し、二度と繰り返さないよう、未来へと伝えることが重要です。多様な視点を取り入れ、様々な資料を総合的に検討することで、アラブ人の奴隷貿易の全貌をより深く理解することが可能になります。

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