アラ・パキス

アラ・パキス・アウグスタエ：ローマ平和の祭壇

アラ・パキス・アウグスタエ（Ara Pacis Augustae）、通称アラ・パキスは、紀元前9年、ローマ皇帝アウグストゥスの治世下の平和と繁栄を祝うために奉献された祭壇です。ラテン語で「アウグストゥスの平和の祭壇」を意味するこの記念碑は、ローマ帝国の威容と文化、そしてアウグストゥス自身の政策を象徴する重要な建造物として知られています。

建造と目的

紀元前13年、アウグストゥスがヒスパニアとガリアでの勝利を収め帰還したことを記念し、元老院はこの祭壇の建設を決定しました。白い大理石を用いた精巧な彫刻が施された祭壇は、ローマ市民の宗教観と、アウグストゥスの治世がもたらした「パクス・ロマーナ」を視覚的に表現しています。祭壇の彫刻には、アウグストゥスとその家族が神々に捧げ物を捧げる様子や、ローマ市民の行列などが生き生きと表現されており、当時のローマ社会の情景を垣間見ることができます。

彫刻の象徴性

アラ・パキスの彫刻は、単なる装飾にとどまらず、深い象徴的意味を持っています。G. Karl Galinskyは、この彫刻が図像学的に重要な意味を持つことを指摘しています。例えば、祭壇の彫刻には、「三機能仮説」で知られるジョルジュ・デュメジルの言う「主権」「軍事力」「生産力」の三要素が具現化されていると解釈されています。また、Peter Hollidayは、この祭壇が、当時の人々が恐れていた「歴史の繰り返し」という考えに対する対策であり、アウグストゥスの治世によって世界の破滅的大変動が回避されたことを約束するものであったと論じています。

人物像

祭壇の浮き彫りには、アウグストゥス、アグリッパを始めとする皇帝の家族、聖職者、リクトル（護衛）、そして一般市民などが描かれています。これらの像は、理想化されたギリシャ彫刻とは異なり、当時の有名人に似せて彫刻されたと考えられています。特に、ローマ風ではない服装をした子供たちの描写は、他の国家がローマに若者を留学させていることを示し、ローマの文化的優位性を強調する役割を果たしていたと考えられています。

各壁のパネル

アラ・パキスは、北壁、南壁、東壁、西壁の4つの壁から構成されています。それぞれの壁には、様々な場面が浮き彫りで描かれています。

東壁: 保存状態の悪いパネルには女性闘士が、保存状態の良いパネルには、テルース、ウェヌス、パークスなど諸説ある女神と双子が描かれています。
西壁: 一部は破損していますが、「ルペルカーリア祭のパネル」と呼ばれるロームルスとレムスの発見を描いたパネルや、聖職者が生贄を捧げる様子を描いたパネルなどが残されています。後者については、ウェルギリウスの作品との関連性が指摘されています。
* 北壁: アウグストゥスの家族、聖職者、リクトルなどが描かれており、彼らの衣装や持ち物から身分や役割が読み取れます。

保存と発掘

アラ・パキスは、ローマ郊外のカンプス・マルティウスに位置していましたが、テヴェレ川の氾濫によって土中に埋もれていました。16世紀以降、断片的に発見され、1930年代、ムッソリーニ政権下で本格的な発掘が行われ、現在のアラ・パキス博物館に収蔵されています。博物館の現代的な建物は、ローマの景観にそぐわないとして議論を呼んでいます。

結論

アラ・パキス・アウグスタエは、単なる記念碑ではなく、ローマ帝国の平和と繁栄、そしてアウグストゥスの政策を象徴する重要な文化遺産です。精緻な彫刻と深い象徴性を持つこの祭壇は、現代においても、ローマの歴史と文化を理解する上で重要な役割を果たしています。今後の研究によって、アラ・パキスが持つさらなる意味が解明されることが期待されます。

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