アルノルト・ロゼ

アルノルト・ヨーゼフ・ロゼ（Arnold Josef Rosé, 1863-1946）は、ルーマニアのヤシに生まれ、主にオーストリアのウィーンで活動した高名なヴァイオリニストです。ユダヤ系の出身で、作曲家グスタフ・マーラーの義弟としても知られます。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターを57年間務めた記録は、現在も破られていない史上最長記録であり、彼はこの楽団の中心的存在でした。また、自身の名を冠したロゼ四重奏団を率い、室内楽の分野でも重要な足跡を残しています。

生涯とキャリアの始まり

ロゼはモルダヴィア地方のヤシで、ローゼンブルーム家の子として生を受けました。7歳から音楽教育を受け始め、その才能はすぐにウィーンの著名なヴァイオリン教師、カール・ハイスラーの目に留まります。10歳という若さでウィーン国立音楽院への入学を許可され、本格的な音楽の道に進みました。

1879年にはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団との共演で鮮烈なデビューを飾ります。

ウィーン楽壇の頂点

1881年、18歳でウィーン国立歌劇場管弦楽団（ウィーン・フィルの母体）の第1コンサートマスターに就任します。以来、1938年まで実に57年間にわたり、この極めて重要なポストに君臨しました。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーとしての在籍期間にはいくつか中断があり、ゲスト・コンサートマスターを務めた時期もありますが、ウィーン国立歌劇場管弦楽団においては一貫して指導的立場にありました。

彼はまた、1888年から1896年にかけてはバイロイト祝祭劇場管弦楽団のコンサートマスターも度々務め、ワグナー作品の演奏にも貢献しました。

1902年3月には、ウィーン宮廷歌劇場（現国立歌劇場）の音楽監督を務めていたグスタフ・マーラーの妹、ユスティーネと結婚し、マーラー家との強い結びつきを得ました。マーラーは多くの楽団員とは距離を置いていましたが、ロゼとは個人的な信頼関係を築き、楽団内での「お目付役」として頼りにしていたと言われています。

ロゼ四重奏団の活動

ロゼはオーケストラの活動と並行して、1882年にエッガールト、ロー、そして弟のエドゥアルト・ロゼとともにロゼ四重奏団を結成しました。この四重奏団は、ウィーンにおける室内楽演奏の中心的存在となり、数多くの重要な作品を取り上げました。

特に、1890年11月11日には、彼らの強い絆を示唆するように、ブラームスの弦楽五重奏曲第2番の初演を担っています。また、第一次世界大戦中には、皇帝フランツ・ヨーゼフの誕生日に毎年ハイドンの弦楽四重奏曲第77番「皇帝」を演奏することを恒例としていました。

教育活動と演奏スタイル

演奏活動に加え、ロゼは後進の指導にも熱心でした。1909年から1924年までウィーン音楽アカデミー（現ウィーン国立音楽大学）の教授を務め、入学試験の審査員のトップとしても、アカデミーへの影響力を持ちました。

彼のヴァイオリン演奏スタイルは、ヴィブラートを控えめにする一方、絹のような繊細な音色と卓越した弓の技術によって特徴づけられました。その演奏は「高潔」と形容されるほど品格があり、同じウィーンを拠点としたヴィブラートを多用するヴァイオリニスト、フリッツ・クライスラーとは対照的なアプローチをとっていました。これは、当時のウィーン・フィルの弦楽器セクション全体に共通する特質でもありました。

ロゼの厳格な姿勢を示すエピソードとして、ウィーン・フィルの入団試験で審査員を務めた際、クライスラーを「音楽的に粗野」「初見演奏が不得手」という理由で失格させた話や、後の楽団長オットー・シュトラッサーが入団試験でヴィブラートを多用した際に「そんなにヴァイオリンを啼かせるものではない」とロゼに注意された話が伝えられています。

録音と晩年の悲劇

レコード技術がまだ十分に発展していなかった時代にもかかわらず、ロゼはソロやロゼ四重奏団としての録音を比較的多く残しています。しかし、当時の技術的な制約から、それらの録音が彼の芸術の真髄を正確に伝えているとは言い難く、中には録音技師の声が入ってしまうといった問題もありました。

例外的に、彼はウィーン・フィルを指揮した録音も1曲だけ残しています。1936年にベートーヴェンの『アテネの廃墟』序曲を録音したもので、これは本来フェリックス・ワインガルトナーが指揮する予定だったものが、急遽ロゼが代演したものです。

栄光のキャリアを歩んできたロゼでしたが、ナチスの台頭と1938年のオーストリア併合は、その立場を一変させました。ユダヤ系であったロゼは直ちにコンサートマスターの地位を追われ、国外追放処分を受けます。彼はロンドンへ亡命しましたが、悲劇は続きました。娘のアルマ・ロゼもまた高名なヴァイオリニストでしたが、ゲシュタポに逮捕され、アウシュヴィッツ強制収容所で命を落としています。ロゼはロンドンでナチス・ドイツの崩壊を見届けた後、1946年にその地で波乱の生涯を終えました。

結び

ヴァイオリニストのウジェーヌ・イザイは、「ロゼがソリストとして躍進を遂げなかったことは、他の全てのヴァイオリニストにとっては幸運であった」と評したように、ロゼにはソリストとしても世界の頂点に立つ潜在能力があったとされています。しかし、彼はその可能性を自ら選び取らず、ウィーン・フィルという世界最高峰のオーケストラと、自身のロゼ四重奏団のリーダーとして、長きにわたりその地位に君臨することを追求しました。皮肉にも、その輝かしいキャリアは、時代の大きな波によって突然断ち切られることとなりました。ロゼの音楽への貢献と、彼の生涯がたどった悲劇的な運命は、クラシック音楽史において記憶されるべきものです。

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