アンナ・カタリナ・エンメリック

アンナ・カタリナ・エンメリック：神秘家、修道女、そして幻視者

アンナ・カタリナ・エンメリック（1774年9月8日 - 1824年2月9日）は、カトリック教会の聖アウグスチノ修道会の修道女であり、著名な神秘家です。2004年10月3日、教皇ヨハネ・パウロ2世によって列福されました。

彼女は、イエスの受難、聖母マリアの晩年、聖家族の様子、そして終末の時代の教会の姿などを幻視し、詳細な記録を残しました。特に、エンメリックが幻視したイエスの最期は、メル・ギブソン監督によって2004年に映画『パッション』として映像化され、大きな話題を呼びました。

また、エンメリックが幻視の中で見た聖母マリアが晩年を過ごした家は、19世紀にトルコのエフェソスで発見され、現在では聖ヨハネ・パウロ2世やベネディクト16世といった歴代の教皇も訪れる重要な巡礼地となっています。

生涯

子供時代

エンメリックは、1774年9月8日に、現在のドイツ北西部、ヴェストファーレン地方の農村フラムスケで生まれました。9人兄弟姉妹の5番目として育ち、長女でした。

幼い頃から数多くの神秘体験をしたと伝えられています。彼女の守護天使が子供や羊飼いの姿で現れて羊の世話を手伝ったり、聖母マリアが現れてエンメリックを愛し、守り続けると約束したり、幼いキリストと共に遊んだり、多くの聖人が現れて彼女が作った花の輪を受け取ったりしたと言われています。

また、エンメリックは特殊な判別能力を持っており、野原から薬草を選び出し、それを遊び場や父親の小屋の近くに植えたとされています。これらの薬草の中には、当時まだ効能が知られていないものもあったそうです。さらに、毒草や悪魔崇拝、迷信の儀式に使われる植物を識別し、取り除くこともできたと伝えられています。

貧しい農村で育ったエンメリックは、幼い頃から家の農作業を手伝い、12歳で農場の縫製関係の仕事に奉公に出ました。学校教育は短期間しか受けていません。彼女の両親や幼少期を知る人々は、エンメリックが幼い頃から祈りと修道者の道に強く惹かれていたことに気づいていました。

15歳になると、エンメリックは近隣のコースフェルトで裁縫の仕事を始めました。彼女はそこの古い教会でのミサや行事に参加することを好み、「十字架の道行きの祈り」を唱えながら一人で長い道を歩くなど、熱心な信仰生活を送りました。

青年期

エンメリックは16歳の頃から修道院に入ることを希望していましたが、当時修道院に入るには持参金が必要でした。17歳から裁縫の仕事で得た収入を貯め始めましたが、両親は彼女の修道院入りに反対し、縁談を拒む姿を見た父親は持参金を負担しないと告げました。

彼女は針仕事で稼いだお金を貯めながら、コースフェルト周辺の修道院を訪ね歩きましたが、病弱な体と持参金の少なさから、どの修道院も彼女を受け入れようとはしませんでした。

当時、オルガン演奏ができれば持参金がなくても受け入れる修道会があったため、エンメリックはオルガニストのゼントゲン氏の家に住み込み、オルガン演奏を習うことになりました。ゼントゲン氏の娘クララはエンメリックと同い年で、親友となりました。

しかし、ゼントゲン一家は非常に貧しく、エンメリックは一家を助けるために無償の召使いとして働きました。オルガン演奏を習う時間はほとんどありませんでした。エンメリックはわずかな貯えもすべて一家に渡し、母親がたびたび食料を差し入れるほどでした。

皮肉なことに、エンメリックを修道院入りに導いたのは、このオルガニスト一家でした。クララは優秀なオルガン奏者で、修道院入りを希望していました。聖アウグスチヌス修道院は、クララをオルガン奏者として受け入れることを表明しましたが、ゼントゲン氏がエンメリックも一緒に受け入れることを条件としたのです。クララもエンメリックの受け入れを強く訴えたため、修道院側はこれを受け入れました。当時、エンメリックのように持参金がない場合、同修道院が受け入れることはあり得なかったため、非常に珍しいケースでした。

このような経緯を経て、1802年、28歳でエンメリックはついに聖アウグスチヌス修道院に入ることができました。

修道院では、エンメリックは最も下の者として扱われることに満足していましたが、その熱意は一部の修道女たちの反感を買いました。エンメリックの不思議な力と病弱な健康状態は、彼女らを困惑させました。聖堂や個室、作業場でエンメリックが見る神秘的な幻想は、周囲に反感を持って受け止められました。エンメリックはすでに肉体的に弱っていましたが、元気に忠実に修道院での職務を遂行しました。

ある伝記によると、エンメリックが荊冠の形をした聖痕を頭部に受けたのは、修道院に入る4年前の1798年のことでした。教会で祈っていると、キリストが現れて花の冠と荊冠を見せ、どちらを選ぶか尋ねました。エンメリックが荊冠を選ぶと、キリストはそれをエンメリックの頭に乗せました。エンメリックが両手で冠を押さえると、キリストの姿は消え、頭部に激痛が走りました。翌日以降、荊冠の跡のような傷が頭部に現れ、出血を伴い、痛みが昼夜続くこともありました。エンメリックは友人の勧めで、傷口を隠すために被り物を身につけるようになりました。

エンメリックはこの聖痕について、修道院に入ってからは秘密にしていましたが、出血に気づいた修道女が一人だけいて、その修道女はずっと秘密を守り通したと言われています。

また、修道院時代からエンメリックが超自然的な力で病人や怪我人を治癒できることは、デュルメンの街では広く知られており、修道院には貧しい人々や医師に見放された病人が押し寄せるようになりました。これも他の修道女たちの反感を買う原因となりましたが、彼女たちも病気になるとエンメリックの治癒力に頼ることがあったと伝えられています。

聖痕

1811年、ウェストファリア国王の命令でデュルメンの聖アウグスチヌス修道院は閉鎖され、エンメリックは他の修道女たちとともに修道院を出ました（体を患っていたため、実際に出たのは1812年）。

当初はフランスから逃れてきたアベ・ランベール神父の家政婦となりましたが、すぐに病気になり、その司祭の世話で未亡人の家に身を寄せました。1813年、寝たきりとなり、ベッドの上で生涯を送ることになりました。

エンメリックが胸に十字の形の聖痕を受けたのはこの頃でした。荊冠の聖痕による痛みに耐えていたエンメリックは、さらに胸の十字の聖痕の痛み、そして両手、両足、右脇腹に聖痕を受けることになりました。これらの聖痕は、毎週水曜日、そしてその他のものは金曜日に血を噴き出すことが記録されています。

聖痕は数年経っても炎症や化膿を起こさず、まるで新たに付けられたかのような状態であり続けたと医師たちが証言しています。医学的にはありえない現象です。

1813年には、ミュンスターの司教総代理クレメンス・アウグスト・フォン・ドロステ＝フィシェリングが2名の医師による医学的調査を行い、詳細な記録が残されています。また、調査に参加したフランツ・フェルディナント・フォン・ドゥルッフェル博士は、ザルツブルクの医学雑誌に聖痕に関する論文を寄稿し、自然の力を超えた現象であることを述べています。

同時期に、著名な神学者・教育学者ベルンハルト・ハインリヒ・オーヴァーベルクがエンメリックの幻視に関する神学的調査を行っており、これも公式記録として残されています。

フランツ・ヴェーゼナー博士という若い医師もエンメリックの聖痕を診察し、感銘を受け、無私の友人・支持者として11年間彼女を助けました。彼はエンメリックとのやり取りを克明に日記に書き記しています。

病床にあっても、エンメリックは人々への愛情にあふれ、助けが必要な人々を助けようとしました。貧しい子供たちのために服を縫うことを喜び、多くの訪問客を親切に迎えました。彼女は人々の悩みを聞き、励ましと慰めの言葉を与え、自身の苦しみを人々の救済のための賜物であると考えました。

詩人クレメンス・ブレンターノとの出会い

19世紀初頭の教会刷新運動において重要な役割を果たしたクレメンス・マリア・ブレンターノとの出会いは、エンメリックの人生において特筆すべき出来事でした。

1819年から5年間、ブレンターノはデュルメンに滞在し、エンメリックの幻視を記録するために毎日彼女を訪れました。

ブレンターノによれば、エンメリックは彼に会うとすぐに、彼が神から託された使命を果たすことを可能にする人物であることを認識したと伝えました。

ブレンターノもエンメリックに会うと、彼女が「キリストの選ばれた花嫁」であると確信し、彼女の支持者の一人となりました。ブレンターノはエンメリックに母親のイメージを重ねていたという指摘もあります。

1819年からエンメリックが亡くなる1824年まで、ブレンターノはエンメリックが見た幻視の内容を聞き取り、記録しました。その記録ノートは新約聖書や聖母マリアの生涯のシーンで溢れていました。

エンメリックは低ザクセン語しか話せなかったため、ブレンターノは彼女の言葉を直接口述筆記することができませんでした。彼は自分のアパートに戻るとすぐに、エンメリックとの会話を思い出し、ノートに書き記しました。

エンメリックの死後、ブレンターノは彼女が幻視したビジョンを語ってから約10年後に、書籍出版用にノートの編集を完了しました。1833年、『キリストのご受難を幻に見て』がアンナ・カタリナ・エンメリックの著作として出版されました。ブレンターノはその後、『聖家族を幻に見て』の原稿を用意しましたが、1842年に死亡したため、同書はミュンヘンで1852年に出版されました。

レデンプトール会士のカール・シュモーガー神父はブレンターノの原稿を編集し、エンメリックの伝記を書きました。

死と埋葬

アンナ・カタリナ・エンメリックは1823年の夏頃から次第に衰弱し始め、1824年2月24日にデュルメンで亡くなりました。葬儀には多くの人が参列しました。

彼女の遺体は当初、町の郊外にある墓地に埋葬されましたが、盗難の噂が流れ、墓が何度も掘り返される事態となりました。1975年2月、彼女の遺体はデュルメン市内の聖十字架教会に移され、現在に至ります。

列福までの経緯

エンメリックの死後、ブレンターノがまとめた書籍は当時のカトリックの間で人気を博し、地域を超えて広まりました。これを受けてウェストファリア教区は1892年にエンメリックの列福調査を開始しましたが、反ユダヤ的なモチーフの反映と強調が問題視され、1928年にバチカンは調査を凍結しました。

その後、1973年3月にドイツの司教たちがエンメリックの伝記、教会における重要性と意義、歴史的背景をまとめた嘆願書を教皇に提出しました。教皇パウロ6世は反ユダヤ的モチーフに関する問題は列福に直接影響しないとして調査を許可し、2004年10月3日に教皇ヨハネ・パウロ2世によってエンメリックは列福されました。

聖母マリアの家

エンメリックが幻視した『聖家族を幻に見て』には、聖母マリアがエフェソスの近郊にある丘で暮らしていたという記述があります。

エンメリックもブレンターノもエフェソスに行ったことはありませんでしたが、1881年にフランスの司祭ジュリアン・ゴヤット神父がこの記述を元に聖母マリアの家を捜索し、本の記述通りの場所で遺跡を発見しました。

当初は誰にも相手にされませんでしたが、修道女マリー・デ・モンデ・ゴンセが聖母の家があることを主張し、他の司祭も同じ経路をたどり、遺跡の発見を確認しました。

ローマ教皇庁はまだこの場所が聖母の家であることの確実性について公式な立場をとっていませんが、1896年に教皇レオ13世が訪問し、1951年に教皇ピオ12世が聖なる場所であることを宣言しました。教皇ヨハネ23世は後にこれを永久宣言とし、パウロ6世、ヨハネ・パウロ2世、ベネディクト16世もこの家を訪れ、聖地とみなしました。

関連作品

主な著書の邦訳

『キリストのご受難を幻に見て』光明社
『聖家族を幻に見て』光明社

映画

* パッション

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