アーサー・ボイド・ハンコック2世

アーサー・ボイド・ハンコック2世（1910年-1972年）、愛称「ブル」は、アメリカ競馬史に名を刻むサラブレッドオーナーブリーダーです。ケンタッキー州パリスにあるクレイボーンファームのオーナーとして、その名声を築き上げました。

巨躯で知られたハンコックは、名門プリンストン大学卒業後、アメリカ陸軍航空軍に少佐として従軍。しかし、彼の真価は戦後、クレイボーンファームで発揮されます。6歳から父であるクレイボーンファーム創設者、アーサー・ボイド・ハンコックの手ほどきを受け、競馬の世界に足を踏み入れました。馬小屋の掃除から始め、着実に経験を積んでいきます。

1945年、父の体調悪化を機に軍を退役。そして1947年、父が脳卒中で倒れると、2,873エーカーの広大なクレイボーンファームの全権を継承します。

ハンコックの卓越した手腕は、特に種牡馬の輸入において顕著に現れます。ウィリアム・ウッドワード・シニアやハリー・F・グッゲンハイムといった有力者と協力し、アイルランドからネアルコ産駒のナスルーラを輸入。ナスルーラは北米リーディングサイアーに4度輝き、98頭のステークス勝ち馬を輩出するなど、大成功を収めました。さらに、セクレタリアトの母父であるプリンスキロの輸入にも成功しています。プリンスキロは北米リーディングブルードメアサイアーに2度選出されるなど、クレイボーンファームの繁栄を支えました。ラウンドテーブルなどの名馬も繋養し、クレイボーンファームの規模はハンコックの経営下で約6,000エーカーにまで拡大しました。

クレイボーンファームはハンコックの時代、年間チャンピオンホースを輩出するほどの名門へと成長。モカシン、ナディール、ダブルドッグデア、バイユーといった名馬がクレイボーンの勝負服で活躍し、チャンピオンの称号を獲得しました。1958年、1959年、1968年、1969年にはアメリカ最優秀生産者に輝いています。クレイボーンファームで生産された馬は、クレイボーン名義以外にも数多くの活躍馬を送り出しました。ケルソ、ナシュア、ボールドルーラー、シケイダ、バックパサー、リヴァリッジなど、32頭ものチャンピオンホースがクレイボーンで生まれました。また、名種牡馬ヌレイエフや凱旋門賞勝ち馬イヴァンジカといったヨーロッパで成功を収めた馬もクレイボーンファームで生産されたのです。

ハンコックは、フィップス家やウィリアム・ウッドワード・シニアといった有力者からの信頼も厚く、外部顧問も務めました。彼自身はシャムという馬を特に気に入り「我が偉大な馬」と呼んでいましたが、シャムはハンコックの死後に売却されています。

ハンコックの功績は、生産者としての成功にとどまりません。彼はジョッキークラブの初期幹事の一人であり、アメリカサラブレッドブリーダー協会会長、アメリカサラブレッド所有者協会副会長も歴任。1961年には、この2つの組織がサラブレッド・オーナー・アンド・ブリーダー協会に合併する際に重要な役割を果たしました。キーンランドの理事、チャーチルダウンズの理事、ケンタッキー競馬委員会のメンバー、グレイソン財団の理事など、多くの要職を歴任し、アメリカ競馬評議会の設立にも貢献しています。

1999年、『レーシング・ポスト』誌は、20世紀の競馬関係者100人の中でハンコックを12位にランクインしました。

1972年、スコットランドでの狩猟中に病気を発症し、数週間後に膵臓癌のため亡くなりました。彼の遺志を受け継ぎ、未亡人はヴァンダービルト大学医療センターに癌研究のための研究所を設立しています。

レーシングジャーナリストのピーター・ウィレットは、ハンコックを「当時のサラブレッド業界で肉体的に最大の男であり、プロとしての能力と性格において、同時代の大多数を凌駕していた」と評しています。2016年、アメリカ競馬名誉の殿堂博物館はハンコックを「ピラー・オブ・ザ・ターフ」として殿堂入りさせました。彼の功績は、現在もアメリカ競馬界に大きな影響を与え続けています。

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