イギリスの警察

イギリス警察制度：歴史、組織、活動

本稿では、イギリスの警察制度について、その歴史、組織、活動の三つの側面から詳細に解説します。古代の治安維持システムから現代の高度な組織まで、イギリス警察の変遷と現状を多角的に考察します。

1. 歴史：隣保制度から近代警察へ

古代ブリタンニアにおける治安維持は、部族や家族といった単位で行われていました。ローマの支配下では、ローマ軍による警察活動が行われましたが、支配地域外では従来の体制が継続されました。ローマ帝国崩壊後、アングロ・サクソン人の侵入によりイングランドでは七王国時代が到来します。この時代、各個人が地域の平和に責任を負うという隣保制度が治安維持の中心でした。自由市民は事実上の警察官であり、犯罪発生時には、住民による逮捕と処罰が義務付けられました。「叫喚追跡 (Hue and cry)」という制度は、この時代の協調的な治安維持を象徴的に表しています。ノルマン征服後も隣保制度は踏襲されましたが、国王の権力強化に伴い、州奉行（Sheriff）による監督が強まりました。

12世紀末には治安判事が登場し、1328年には制度化されました。14世紀以降は、無給役人のコンスタブルも法執行に携わり、治安判事の監督下に置かれました。しかし、コンスタブルは不人気で、給与も安く、能力も不足していることが多く、代行者が業務を担うこともありました。17世紀の清教徒革命後には、軍による憲兵警察が一時的に導入されましたが、王政復古とともに廃止されました。

18世紀以降の都市化は、従来のコミュニティベースの警察機構に大きな負担をもたらしました。この問題を解決すべく、ヘンリー・フィールディングは1750年、ボウ・ストリート巡察隊を設立しました。この隊の成功により、政府は1797年にボウ・ストリート徒歩警邏隊、1798年には水上警察を設置しました。首都警察隊の設置も提案されましたが、実現しませんでした。1812年には警察制度改革の特別委員会が設置されましたが、反対により挫折しました。

1822年、ロバート・ピール内務大臣は首都警察の創設を提案し、1829年にロンドン警視庁（MPS）が設立されました。警視庁は多くのデモ・暴動を無血で収束させ、大きな成功を収めました。1835年都市団体法、1856年県および市警察法により、イングランドとウェールズ全域に自治体警察が設置されました。しかし、多くの独立した警察組織による不効率さを解消するため、政府は組織の統合を進めましたが、地域住民からの反対により、第二次世界大戦と1946年警察法による大規模統廃合まで遅れました。その後も再編成が行われ、イングランドとウェールズの警察組織は43に減少しました。スコットランドも2013年に一本化されました。

2. 組織：地方分権と中央管理のバランス

イギリスでは、地方分権の理念に基づき、地方自治体単位で警察組織が運営されることが原則です。中央統制を避ける伝統的な意識が強く残っています。しかし、社会情勢の変化に伴い、警察活動の統一化と規模拡大の必要性が高まっています。

内務省: 警察制度の企画立案、公安案件への対応、警察技術の開発、警察行政の調整などを行います。内務大臣はイングランドとウェールズの地方警察の運営管理に責任を負います。

国家犯罪対策庁 (NCA): 重大組織犯罪に対処する政府機関で、「英国版FBI」と呼ばれることもあります。

国境部隊: 移民・難民関連犯罪への対応を担います。

ロンドン警視庁: グレーター・ロンドン（シティ・オブ・ロンドンを除く）を管轄し、国家的な公安案件や王室警備など特殊な業務も担います。

ロンドン市警察: シティ・オブ・ロンドンを管轄し、経済犯罪や、人口集中による犯罪・事故への対応に特化しています。

地方警察: イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドに存在します。2013年のスコットランド警察の一本化により、イングランドとウェールズでは41の組織、スコットランドでは1組織、北アイルランドでは1組織となりました。

3. 活動：刑事警察、警備警察、武装要員

刑事警察: 私服警官による犯罪捜査部門が各警察本部や警察署に設置されています。

警備警察: テロ対策などの公安警察活動が重要です。特に北アイルランド問題への対応は歴史的に重要な要素です。

武装要員: 伝統的に非武装が重視されてきましたが、犯罪の増加に伴い、銃器部隊が設置され、武装要員の数は増加傾向にありました。近年はテロ対策の強化のため、武装要員の一元化や対テロ専門射手の育成が進められています。

結論

イギリスの警察制度は、歴史的に培われた地方分権の伝統と、現代社会の治安維持への要請とのバランスの上に成り立っています。今後も、社会情勢の変化に柔軟に対応し、効率的で安全な社会の実現に向けて、制度改革が継続していくことが予想されます。

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