イギリスの鉄道史

イギリス鉄道史：世界最古の鉄道網の興亡

本稿では、世界に先駆けて鉄道網を構築したイギリスの鉄道史を、グレートブリテン島に焦点を当てて概観する。黎明期から民営化に至るまで、技術革新、政治的・経済的背景、そして経営状況の変化を多角的に考察する。

1830年以前：黎明期

イギリスは世界で初めて蒸気機関車を鉄道に用いた国である。初期は木製のレールを使用していたが、1793年には鋳鉄製のL型レールが登場したものの、耐久性に課題が残った。1820年以降は強度のある錬鉄製レールが普及し始める。

旅客輸送の端緒は、1807年に開業したウェールズ地方のオイスターマス鉄道である。既存の路面軌道を使った馬車鉄道であったが、鉄道輸送の始まりを告げる重要な一歩となった。

世界初の軌道走行蒸気機関車は、1804年、リチャード・トレビシックによって製作された。商業的に成功した最初の蒸気機関車は1812年のサラマンカ号で、ラック・アンド・ピニオン方式を採用していた。

技術革新は続き、ジョージ・スチーブンソンは1814年、フランジが片側だけの車輪を持つ機関車を開発。この功績から、1821年にはストックトン・アンド・ダーリントン鉄道の技術者に任命され、1825年、蒸気機関車による世界初の営業運転を開始した。総延長40キロの路線は、鉄道の商業的成功の可能性を示した。

1830年には、スチーブンソンが設計したリバプール・アンド・マンチェスター鉄道が開業。蒸気機関車とケーブル牽引のどちらを採用するか検討が行われ、機関車コンテスト「レインヒル・トライアル」を実施、蒸気機関車が選ばれた。この鉄道は、鉄道会社が自社車両のみで運行し、ダイヤに基づいた運行管理を行う世界で最初の実用的な鉄道システムを確立した。

1830年-1922年：初期の発展と競争

当初は小規模な地方路線が散在していたが、1840年代には鉄道建設が急加速し、主要都市を結ぶ鉄道網が形成された。競合路線の建設も盛んに行われ、現在も都市間に複数の路線やターミナル駅が存在する状況は、この時代の遺物と言える。

この熱狂的な投資ブームは「鉄道狂時代（Railway Mania）」と呼ばれ、1846年には272もの新鉄道会社設立法案が可決された。19世紀から20世紀初頭にかけて、買収や淘汰を経て、大規模な鉄道会社が生き残った。

政府による鉄道の規制も強化された。1840年の鉄道規制法に基づき鉄道調査院が設立され、安全性の向上に努めた。1844年には国有化法案が提出されたが否決されたものの、客車の構造基準や3等車の連結義務化など、安全基準の向上に繋がる動きがあった。

1880年代後半から1890年代には、ロンドンとスコットランドを結ぶ路線でスピード競争「北への競走」が繰り広げられ、平均時速100km/hを超える高速運転を実現した。

第一次世界大戦中は鉄道網が政府管理下に置かれ、戦後には国有化が検討されたが、実現しなかった。代わりに1921年鉄道法により、多数の鉄道会社が4大鉄道会社に統合された。

1923年-1947年：4大鉄道会社「ビッグ・フォー」

1923年から1947年まで、グレート・ウェスタン鉄道（GWR）、ロンドン・アンド・ノース・イースタン鉄道（LNER）、ロンドン・ミッドランド・アンド・スコティッシュ鉄道（LMS）、サザン鉄道（SR）の4大鉄道会社体制が続いた。

統合により競合区間は減ったものの、高速化やサービス向上競争は続いた。LNERは蒸気機関車マラードで時速126マイルを記録し、LMSはディーゼルカーやホテル事業に参入、GWRは販売戦略、SRは電化によるロンドン近郊輸送の拡充など、各社特色ある競争を展開した。この時代、イギリスは世界最高水準の鉄道サービスを誇っていた。

しかし、1920年代から1930年代の自動車普及は鉄道の収入減につながり、4大鉄道会社の経営は悪化した。路線廃止も進み、鉄道網は縮小していった。第二次世界大戦中は4大会社は統合され、戦後、もはや利潤が見込めないと判断されたことから国有化の方向へ進むことになった。

1948年-1994年：イギリス国鉄

1948年、「ビッグ・フォー」は国有化され、イギリス運輸委員会傘下のイギリス国鉄（British Railways、BR）となった。地域ごとに6つの鉄道管理局が設置された。

当初は戦災からの復興に追われ、近代化は遅れた。1950年代初頭には小規模な黒字を達成するものの、電化やディーゼル化は他国に遅れを取った。1951年には共通規格の車両や貨車の導入、施設や運行の標準化が図られた。

1954年には近代化計画が発表され、高速化、安全性向上、輸送力増強が目標に掲げられた。幹線の電化、ディーゼル化、信号システムの改良などが実施されたものの、自家用車普及の波には対応しきれず、巨額の投資にも関わらず、道路からの顧客奪還には至らなかった。

1960年代末には蒸気機関車が全廃され、ディーゼル機関車や電車、気動車が導入された。安全確保のため、先頭車両の黄色い警戒色は現在もイギリス鉄道の特徴となっている。

1960年代には経営悪化が深刻化し、リチャード・ビーチング総裁は路線廃止を提案した。この「ビーチング・アックス」と呼ばれる大規模な廃線により、鉄道網は縮小したものの、経営は改善しなかった。

1970年代には新型気動車特急HST（High Speed Train）が導入され、最高時速200キロの営業運転を実現、好評を博し利用者増加に繋がった。一方、先進的な振り子式車両APTは、技術的課題や財政難により営業運転に至らなかった。

1980年代にはイギリス国鉄は部門制に移行し、旅客、貨物、保守整備がそれぞれ独立した組織となった。1988年のクラッパム・ジャンクション鉄道事故を受け、ATPの導入が検討されたが、費用面から実現しなかった。

1993年の鉄道法により、イギリス国鉄は民営化された。鉄道施設は「レールトラック」が引き継ぎ、旅客輸送は民間の列車運行会社、貨物輸送は民間に売却された。民営化は旅客サービス向上に繋がり乗客数は増加したものの、安全面での課題も浮き彫りとなった。レールトラック社の経営破綻を受け、2002年には「ネットワーク・レール」に改組された。

イギリスの鉄道史は、技術革新と社会経済の変化、そして政府政策が複雑に絡み合った歴史であり、その発展と課題は現代の鉄道運営に大きな影響を与え続けている。

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