バイバルス

バイバルス：マムルーク朝の英雄

バイバルス（1223年/1228年 - 1277年7月1日）は、マムルーク朝（バフリー・マムルーク朝）の第5代スルターンであり、その在位中の功績から実質的なマムルーク朝の建国者と見なされることもあります。彼はアッ＝ザーヒル・バイバルスとも呼ばれ、その名はアラブ世界において英雄として語り継がれています。

生い立ちと奴隷時代

バイバルスは、黒海北方のキプチャク草原出身の遊牧民キプチャク族の一員でした。14歳頃、モンゴル軍に捕らえられ、奴隷としてアナトリアのスィヴァスに売られました。その後、中東の奴隷市場を転々とし、肌の色や目の病気を理由に何度も返品されました。最終的に、アイユーブ朝のアミール、アイダキーン・アル＝ブンドゥクダーリーに購入され、奴隷身分から解放されました。この時、彼は「ブンドゥクダーリー（弓兵）」という名前を与えられます。

軍人としての台頭

アイダキーンに従ってカイロに移ったバイバルスは、アイユーブ朝の軍人として頭角を現します。バフリー・マムルーク軍団に編入された後、衣装係から連隊長へと昇進しました。1249年、第7回十字軍がエジプトに上陸すると、バイバルスはバフリー・マムルークを率いて十字軍と戦います。1250年のマンスーラの戦いでは、十字軍の騎兵隊を壊滅させる大勝利を収め、その名を馳せました。また、この戦いで十字軍を撃退した後、トゥーラーン・シャー暗殺にも関与しています。

アイン・ジャールートの戦いとスルターン即位

1258年、モンゴル帝国がアッバース朝を滅ぼすと、アラブ世界はモンゴルの脅威にさらされます。バイバルスは、当初はモンゴルへの降伏を主張する勢力に反発し、その後マムルーク朝に帰還してモンゴルとの戦いを指揮します。1260年、アイン・ジャールートの戦いでモンゴル軍に歴史的な勝利を収め、モンゴルのエジプト侵攻を阻止しました。この戦いの後、バイバルスはマムルーク朝のスルターンであったクトゥズを暗殺し、自らスルターンの座につきました。これにより、彼はマムルーク朝の確固たる支配体制を築き上げました。

スルターンとしての治世

スルターンとなったバイバルスは、軍事力の強化に尽力し、シリア遠征を38回も行いました。そのうち、モンゴル軍との戦闘は9回、十字軍との戦闘は21回に及びました。彼は自ら陣頭指揮を執り、数々の勝利を収めました。また、外交政策にも手腕を発揮し、神聖ローマ帝国、東ローマ帝国、ジョチ・ウルスなどと連携して、モンゴルに対抗しました。さらに、アッバース朝のカリフを擁立することで、自身の政権の正当性を強化しました。

十字軍国家との戦い

バイバルスは、十字軍国家に対しても積極的に攻勢をかけました。1266年にはサファドを攻略し、2000人に及ぶ騎士団員を処刑。1268年にはアンティオキアを陥落させ、町を徹底的に破壊しました。彼はまた、難攻不落の要塞であったクラック・デ・シュヴァリエも攻略し、十字軍の勢力を大きく後退させました。

内政と文化政策

バイバルスは、内政にも力を入れました。駅伝制度を整備し、情報伝達を迅速化しました。また、カイロに大モスクやザーヒリーヤ学院を建設するなど、多くの建築事業を実施しました。彼は熱心なスンナ派の信者であり、イスラム法の普及にも努めました。

晩年と死

1277年、バイバルスはルーム・セルジューク朝への遠征中に、急な腹痛により亡くなりました。死因は過度の飲酒や毒殺説などがあります。彼の死後、息子たちがスルターン位を継承しますが、短期間で退位し、最終的にカラーウーンがスルターンとなりました。

人物像と評価

バイバルスは、長身で褐色の肌、碧眼を持ち、非常に勇敢で活動的な人物でした。その軍事的才能と政治手腕によって、マムルーク朝を強固な国家へと発展させました。彼はアラブ世界において、英雄として尊敬され、数々の伝説や物語の題材となっています。彼の英雄譚は語り部を通して民衆を魅了しました。

名前について

「バイバルス」はテュルク語で「虎のベイ」を意味します。また、「アル＝ブンドゥクダーリー」は、最初の主人アイダキーン・アル＝ブンドゥクダーリーに由来し、「弓兵」を意味します。

バイバルスは、マムルーク朝の歴史において、最も重要な人物の一人であり、その功績は後世に語り継がれています。

参考文献

伊藤敏樹『モンゴルvs.西欧vs.イスラム 13世紀の世界大戦』講談社、2004年
大原与一郎『エジプト マムルーク王朝』近藤出版社、1976年
佐藤次高『イスラーム世界の興隆』中央公論社、1997年
佐藤次高『マムルーク 異教の世界からきたイスラムの支配者たち』東京大学出版会、2013年
前嶋信次『イスラムの時代 マホメットから世界帝国へ』講談社、2002年
牟田口義郎『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』中央公論社、2001年
C.M.ドーソン『モンゴル帝国史』平凡社、1973年、1976年
フィリップ.K.ヒッティ『アラブの歴史』講談社、1983年

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