イブン・タイミーヤ

イブン・タイミーヤ：生涯と思想

イブン・タイミーヤ（1258年 - 1328年）は、シリアを拠点とした中世イスラーム世界を代表する法学者にして思想家です。ハンバル派というイスラーム法学の一派に属し、その厳格な法解釈と、既存の権威への批判的な姿勢で知られています。彼の生涯は、学問への探究、権力者との激しい対立、そして獄死という劇的なものでした。

激動の生涯

シリア北部のハッラーンに生まれたイブン・タイミーヤは、幼少期からハンバル派の伝統的な教育を受けました。モンゴル軍の侵攻を避けてダマスカスに移住後、父からイスラーム法学やハディース（預言者ムハンマドの言行録）を学び、若くしてその才能を開花させます。ダマスカスのスッカリーヤ・マドラサで教鞭を執り、ウマイヤ・モスクではクルアーン解釈を講義するなど、高い地位と名声を獲得しました。

しかし、彼の攻撃的な性格と権威への挑戦は、多くの敵を作りました。キリスト教徒の弾劾、ハナフィー派学者との論争、そしてモンゴル軍との交渉など、様々な場面でその強固な信念を貫き、幾度となく投獄を経験します。モンゴルの侵入時には、自ら剣を取り、民衆を鼓舞したという逸話も残っています。

晩年は、シャリーアに関する独自のファトワー（宗教的見解）の発出を巡り、マムルーク朝のスルターンとも対立し、最終的にダマスカスの獄中で生涯を終えました。500以上とも言われる膨大な著作群は、クルアーン学、ハディース学、イスラーム法学など多岐に渡ります。

揺るぎない原理主義

イブン・タイミーヤの思想は、クルアーンの厳格な字義解釈と、スンナ（預言者ムハンマドの伝統）への忠実さを中心に据えた原理主義的なものでした。彼は、イジュティハード（独自の法解釈）を認める一方で、その行使には厳しい条件を設け、共同体全体の利益（マスラハ）を考慮する必要性を強調しました。

彼の思想は、当時勢力を伸ばしていたモンゴル帝国のイルハン朝に対するジハード（聖戦）の正当化にも繋がります。イルハン朝がイスラームを名乗るようになっても、イブン・タイミーヤはマムルーク朝を擁護し、スンニ派の正統性を主張しました。この主張は、後世におけるイスラーム主義運動にも影響を与えたとされます。

既存の権威への挑戦

イブン・タイミーヤは、当時イスラーム社会に影響を与えていた様々な思想や勢力と対立しました。彼は、ギリシア哲学の影響を受けた神学や、神秘主義（スーフィズム）を強く批判しました。特に、存在一性論を説いたイブン・アラビーの思想には強い拒絶反応を示し、その著作を批判するなど、激しい論争を繰り広げました。

スーフィーたちの宗教的儀式や、聖者崇拝といった慣習も厳しく批判し、シャリーアの絶対性を主張しました。しかし、同時に彼は禁欲的な生活を送るスーフィーを高く評価しており、スーフィズム全般を否定したわけではありませんでした。また、キリスト教徒やユダヤ教徒との社会的な交流においても、宗教共同体の区別を明確にする必要性を強調しました。

後世への影響

イブン・タイミーヤの思想は、彼の生きた時代には異端視されることもありましたが、近世以降、サラフィー主義者によって再評価され、ワッハーブ派などイスラーム改革運動に大きな影響を与えました。彼の生涯と思想は、現代イスラーム世界においても、法解釈や政治思想、さらにはイスラーム主義運動など、様々な議論の根底に位置づけられています。彼の峻厳な姿勢と揺るぎない信念は、現代においても多くの論争を呼び起こし続けているのです。

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